第8話 it's so easy
すでに手遅れだった。僕の気づいた時点で全てのことは完了していて、つまり僕は手の打ちようがなかった。
やられた。
僕は自分がこちら側に来るなんて微塵も考えちゃいなかった。常にあちら側なのだと信じて疑わなかった。そこをうまい具合に突かれた。
行動を起こすなら早いほうがいい。僕は知っていたはずだ。それなのに後手に回った。水面下で彼らはすでに動いていた。そのことに気づけなかった僕はほとほと間の抜けたやつだ。
バンドのメンバーが僕の首を切り新しいベーシストを迎えて華々しくメジャーデビューするという知らせは、それまでほとんどライブの情報しか更新していなかったSNSで突然発表された。それが発表されるのと同時にボーカルからメッセージが届いた。「そういうことだから」。
人気的な意味での爆発がしないのなら自分たちで火をつける、ということらしい。新加入のベーシストがその火の役割だった。実力も人気もある。ボーカルが不慮の事故で亡くなり解散を余儀なくされたバンドの、そのベーシスト。
さらに同じタイミングでミュージックビデオまで公開され、僕はもうお手上げ状態だった。
僕は彼らを舐めていた。しかし彼らは、特にボーカルはそのことを察していたのだろう。僕の思っていた以上に彼は狡猾だった。
とはいえ僕はそれほど動揺してはいなかった。少しばかり怒りや悔しさを感じたものの、大部分は感心で占められていた。それはミステリー小説でトリックを明かされたときのような気分だ。その手があったか、なるほどね。
繰り返しになるようだけど、僕の人生は正しい。これは僕という列車のレール上に野良猫でも飛び込んできて、急停車しただけに過ぎない。予定外の出来事ではあるが取り立てて大騒ぎするものでもない。野良猫を抱きかかえてレール上から外せば、簡単にまた走り出す。速度が落ち、目標駅に到着するのが少し遅れただけのこと。
僕は「がんばってくれ」と返信してみたけれど、ボーカルからの連絡はなかった。
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