第三話 廃部回避策と戦準備 その4
「先輩たち、遅いですね」
「そうね」
「……私たち、ここで漫画を読んでてもいいんですか?」
「そうよ」
「……いいのかなあ」
部室にて、しぐれと天本は椅子に座って漫画を読んでいた。
外は日がほとんど暮れていて、周囲は夜暗の色に包まれつつある。
「まあ、これも想像力の訓練よ」
「……そ、そういうことにしときます」
しぐれは天本の言葉にそう返し、漫画に目を戻す。
紙面では寿司職人を目指す少年が、先輩寿司職人に嫌がらせを受けているところだった。
米の炊き方がなってないと怒られる少年を見て、しぐれは(働くって大変だなあ……)という毒にも薬にもならない感想を抱く。
そのとき、がたり、と大きな音を鳴らしながら、部室の扉が開く。
しぐれが驚いて顔を上げ、天本は優雅な所作で目線を扉に向ける。
「つ、つっかれた…………酷い目にあった」
「……ただいま、帰還しました」
そこにいたのは、七嵐とアキラだった。二人とも、その顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
「二人ともお疲れ様。首尾はどうかしら?」
天本がそう尋ねると、七嵐はにっと笑ってみせる。
「ああ、首尾は上々。敵の目星もつけた」
そう言って、七嵐は続ける。
「次の試合、必ず勝てるさ」
○
帰路。七嵐と天本は、二人並んで夜道を歩いていた。
「ってなわけで、見つかってからは大捕物みたいになっちまってな」
「あらら、それは大変だったのね」
「全くだ。ちょっと怒られて退散する、ぐらいのつもりでいたんだけど。……アキラちゃんも巻き込んじまったのは、悪いことしたなあ」
七嵐は鞄を担ぎつつ、唇を尖らせる。
その後、二人は言葉を交わさず、しばらくの間歩く。
「……なあ、絢羽」
「どうしたの?」
「私は、ちゃんと主将としてやれてるかな?」
七嵐の言葉に、天本は目を丸くしたあと、微笑む。
「……どういった言葉をかけて欲しい?」
そう言う天本の口元には、嗜虐的な微笑み。
「うわっ、やめろよ質問を質問で返すの」
「陽子は、慰めが欲しいの? それとも肯定? それとも忌憚なき意見?」
「…………そうだな。……どれも、かもしれない」
「なるほどね」
「正直な話な、この部活はアイツが作って、私はそれに乗っかった形だ。でもアイツが出て行って、私たちだけになった」
七嵐は空に目をやる。街灯の光が、星の光を遮っている。
「実力的には、主将は絢羽がやるべきだった、と思ってる」
「でも私は出来ないわ。それはあなたもよく知っているでしょう?」
「ああ、わかってるさ。別に、絢羽に文句を言うわけではない。それはわかっていて欲しい」
「ええ、あなたが私に文句を言うときは、もっと直接的に言うものね」
天本が微笑んで言う。
「そうそう……、ってそれは、褒めてる?」
「ふふっ、ご想像にお任せするわ」
「じゃあ褒められてるってことにしとく。そうした方が得だし」
「あら、現金ね」
「もらえるものは病気以外もらっとけって、大河ドラマでも言ってただろ?」
七嵐は微笑みを浮かべたあと、真剣な面持ちに戻る。
「……正直な話、私だって自分が主将をつとめるような器じゃないのはわかってる。人格的にも、実力的にも。今の私はあいつのお下がりみたいな形で主将をしているだけだ。……正直、重いよ」
「じゃあ廃部する?」
天本の言葉に、七嵐は顔を上げる。
「それは…………」
「したくないんでしょ?」
「ああ」
七嵐は、首肯して返す。
「もう、私たちだけの部活じゃなくなったからな。今はしぐれちゃんに、アキラちゃんがいる。……だから、軽々しく廃部なんてできない。……それに、私はこの競技が嫌いじゃ無い。でも、重い、と思うことはある」
「重い?」
天本がそう問うと、七嵐は小さく首肯した。
「ああ、重い。誰かを引っ張るということ。何らかの組織の上に立つこと。そんなことの責任やら義務を考えると、不安で怖くなって、投げ出したくなってしまう。……こんなこと、後輩二人には口が裂けても聞かれたくないけどさ」
「でも本当は、投げ出したくないんでしょ?」
「……それは、そうだけど……」
「あのね、陽子」
天本が七嵐に近づき。
「なんだ? ……っておい」
天本の手が、七嵐の頭頂に伸び、七嵐を撫でる。
「えらいえらい」
「や、やめろよ。子供じゃないんだから」
七嵐は天本の手を振り払おうとするが、天本は上手い具合に七嵐の手を避けながら、その頭を撫でるのであった。
「あはは、照れてる照れてる」
「う、うるさいなっ。っていうかどうして撫でるんだよ」
「うーん、ご褒美?」
「ご褒美、って……」
天本は七嵐の頭から手を放し、七嵐をじっと見つめる。
「陽子、これだけは言えるんだけど、この組織はあなたしか主将をつとめる人間はいないわ。後輩二人は無理だろうし、それに私だって体の問題がある」
「それは、わかってる」
七嵐が表情を曇らせる。
「あなたがこんなことをしたいと思うタイプじゃないのは良くわかってるし、あなたの苦しみも、多少は感じ取れる。けどね」
「……けど?」
「人は、ずっとそのままでいるわけじゃないんだよ? 毎日何かしら、少しずつ変わってくの。良かれ、悪かれ。それに、私は思うんだけど。最初から与えられた立場に合った器を持っている人なんていないんじゃないかしら」
「…………それは」
七嵐ははっとしたあと、不安そうに俯く。天本は、そんな七嵐を見て、目を細めた。
「きっと、人は立場に応じて、意識に応じて、自身と自身の器を変化させていくんだと思う。だって陽子、昔よりずっと大人になってるなって思うし。だから、大丈夫」
「…………そうかな」
七嵐が不安そうな表情を浮かべ、一方の天本は胸を張る。
「ええ、そうですとも。この部活の主将は、陽子、あなたしかいない。自信を持てとか、頑張れとか、あなたを絶対に信じる、とか、私は言わない。けど」
天本は、七嵐の空いた手に、自身の手を絡ませる。二人の指先が、交差する。
「陽子が疲れたときとか、何かあったときには、私が必ず側にいるから」
「…………そうか。…………なあ絢羽」
「何かしら」
「ありがとうな。少し、楽になった」
七嵐はにっと笑みを浮かべ、続ける。
「……次の試合、負けるわけにはいかないな」
「ええ。必ず……勝ちましょう」
○
そして、井村谷高校異能力バトル部は、試合の日を迎えた。
第三話 終わり
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