第三話 廃部回避策と戦準備 その3

 一方の、アキラと七嵐。

「……これ、いいんですか?」とアキラ。

「もちろん。偵察は古今東西の戦場でまかり通っている立派な手段だし」と七嵐。

 二人は、相手校である私立長篠設楽原高校にやってきていた。


「しかし先輩、よくジャージ手に入りましたね」

「まあね。メル○リとかで卒業生が売り飛ばしてたりするんだよ」

 二人が着ているのは、長篠設楽原高校のジャージである。黒字に白のラインが入っており、細身のシルエット。

「……な、なるほど。……売る方も売る方ですけど、それが売ってるってどこで知ったんですか?」

 アキラがそう問うと、七嵐はアキラから顔を背け、

「……ネットは広大ね……」

 とアキラにも聞こえるように漏らした。


「…………つまり?」

「え、通じない?」

 きょとんとしているアキラを、七嵐は信じられないという風に見る。

「いや、そりゃまあ……広大なんでしょう? 世界に繋がってるんですし」

「いや、そ、それはそうなんだけど……。……え、ジェネレーションギャップ? いやでも……、二つしか違わないのに?」

 七嵐はぶつぶつ呟いたあと、「とにかく」と気分を切り替える。


「私たちは偵察に来ました。和泉アキラさん、それはわかりますね?」

「そりゃあ、まあ」

「あなたは経験者ですね?」

「……まあ、はい」

「ならば、経験者の知見を活かして、相手校の戦力を分析してください」

「……ぶっつけ本番で無茶ぶり感が無きにしも非ずですが、善処します」

「……政治家かね君は」

 七嵐が苦笑する。


「……思ったんですけど、どうせ戦力分析するなら、天本先輩の方が……」

「絢羽は駄目だ。しぐれちゃんを鍛えるっていう大事な仕事があるし」

「でも、目先の試合の方が大事……」

「そう、目先の試合のために、そうしてるんだよ」

「……? えっと……えっ⁉ まさか」

「そのまさかさ」

 七嵐はにやりと笑う。


「今度の試合は、私とアキラちゃん、それにしぐれちゃんに出て貰う」

「そ、それは無茶ですよ!」

「どうして?」

「どうしてって、烏丸さんは初心者ですし。たしか、長篠設楽原って強豪ですよね? そこ相手にそんな……。しかも、廃部がかかった一戦に」

「ああそうだ、確かに、しぐれちゃんには荷が重い。相手的にも、状況的にも。けど……だ。私たちは四人しかいない。この競技は基本一チーム三人の団体戦で戦う。つまり、仮に誰か一人でも怪我したら、必ず誰かが出ることになる。だったら、あまり戦力差は無い方が良い」

「それは……まあ」

「それにまあ、他にも色々考えていてね」

「考え……ですか」

 アキラは七嵐の顔をまじまじと見つめる。七嵐はそんなアキラに、笑みを向けた。


                ○


「……やっぱすっごい設備だな」

 七嵐は一通り偵察を終えたあと、そう漏らした。

 長篠設楽原高校の体育館は、普通の学校よりも一回り大きい。

 それが、四つもある。

 馬鹿げて広大な敷地の中、どどどどん、とそれらが並んでいる姿は壮観ですらある。

 これ一棟でいくらかかるんだろうな、と思う七嵐であった。


「まあ、確かに。広さも、半端内ですし」

 井村谷高校の体育館の広さが一とすると、長篠設楽原高校の広さは、一つだけで三ぐらいはあるだろう。

「広いだけあって、練習も自由そうでしたね」

「そうだね、私たちの屋上とは大違いだ」

 七嵐が自嘲気味に笑うと、アキラも苦笑を浮かべる。


「それでアキラちゃん、出てきそうな選手の目星はつけた?」

「あ、はい。……だいたい、三人ぐらい。高飛車そうな人と、細くて色が白い人と、真面目そうなぱっつんの人と」

 アキラが指を三本立てる。七嵐はアキラの言葉に、首肯した。

「よし、それでこそアキラちゃんだ」

「先輩はどうなんです?」

「ああ、私も一応三人に絞ってみたよ。まあ、一度こことは戦ったことがあるから、容易だったけど」

「え、そうなんですか?」

 アキラが目を丸くする。

 七嵐はえへん、と胸を張った。


「そうとも。去年の春に練習試合で戦って、二勝一敗でうちが勝った」

「ええっ⁉」

 アキラがさらに目を丸くした。

「いや、そこまで驚かんでも……」

 七嵐がしょぼんとする。


「あ、す、すいません……。でもここ、練習見る限り普通に強い……ですし、いや、ウチが弱いってわけでもないんですけど、その、規模とかが……」

「言葉を選ばせて悪いね。まあ、何も知らなかったらそう思うだろうね。私もアキラちゃんの立場だったら、そう思ってたと思う。……まあ、その二勝したうちの一人は絢羽で、もう一人は……」

 七嵐は、そこで言葉を切る。


「…………等々力、という人ですか」

「ああそうだ。そいつが、勝った。そして私は、まあ普通に負けたわけだけど」

「いや、その……それは」

「気を遣わなくていいよ。私が並の実力しかないのは、事実だ」

 七嵐はそう言ったあと、「だからこそ、やれることもあるんだけどね」と小さく呟く。


「……? 何か、言いました?」

「いいや、何も」

 と二人がやりとりをしていると。

「あーっ!」

 という、聞き覚えのない声が響く。七嵐とアキラは目を丸くして、その声が聞こえてきた方を見る。


 そこには、一人の女子生徒が立っていた。女子生徒は強気そうな顔つきをしており、黒髪を短く切り揃え、長篠設楽原高校のジャージを着ている。なんらかの運動部員であることは、見てわかった。

「お、お、お前は!」

 女子生徒は口をぱくぱくさせて、二人を指さす。

「知り合い?」と七嵐。

「いえ。先輩のでは?」とアキラ。

「いや、私の知り合いにあんな素直で真面目そうな子はいないかな」

「……受け取り方に困る返答をありがとうございます」

「おーい! 私を無視するな!」

 女子生徒は顔を赤くして怒る。


「ああ、すまない。……で、どうしたの?」

 七嵐が女子生徒に対応する。

「……いや、あなたじゃないんですけど」

 女子生徒は、七嵐に対して敬語で返した。

「……あ、うん。それはなんていうか、悪かった。……となると?」

 七嵐は隣にいるアキラに目を向ける。


「私?」

 アキラは自身を指さし言った。

「ああそうだ! 和泉アキラ! ここで会ったが百年目!」

「百年目て」と七嵐は小さく呟く。


 女子生徒は触媒をジャージのポケットから取り出す。それを見て、七嵐とアキラの表情が変わった。

「ここで一戦するのか? 場所的にまずいだろ?」

 と七嵐は冷静に言う。現在、三人がいるのは体育館から出てすぐの通路であり、一般生徒も通行する。

「……それは、まあそうだけど。……和泉アキラ! 私のことを忘れたとは言わせないぞ!」

「…………へ?」

 アキラはきょとんとした表情を浮かべた後、居心地の悪そうな表情を浮かべる。


「えーと、そのー。……えっと……あのー」

 アキラが何を言おうか困っていると。

「……え?」

 今度は、女子生徒がきょとんとした表情を浮かべた。


「……もしかして、私のこと覚えてない?」

「(こくり)」

「…………えーと、顔も?」

「(こくり)」

「……………………タチの悪い冗談じゃなくて?」

「(こくり)」

「……そ、そっか」

 女子生徒はしょんぼりとした表情を浮かべて、俯く。


「そこのお嬢さん、どうやらこの子を知ってるみたいだけど、どうしたの?」

 と七嵐。

「……知ってるっていうか、戦ったことある……」

「なるほど、そういうことか。……アキラちゃん、何か?」

 七嵐の言葉に、アキラは黙って首を横に振る。

「……ほんとに覚えてないのかよ……」

 女子生徒はがっくりと肩を落とした。

 その後、女子生徒はきっと顔をあげて、アキラを見据え、指さす。


「なら思い出させてやる! 私は高坂こうさか! 高坂こうさか千恵ちえだ! どうだ、これで思い出しただろう!」

「いや、顔も覚えてないから、名前を言われてもピンと来ないんだけど」

 とアキラ。高坂はアキラの言葉を聞いて、あからさまにショックを受けている様子である。

「…………もう少し言葉を選んだ方がいいなあ」

 七嵐が誰にも聞こえないように漏らす。


「で、お二人はどういった関係で?」

 七嵐がエアマイクを高坂に向ける。

「和泉アキラは、私のライバルだ!」

 高坂はエアマイクを奪い取り、そう叫んだ。

「ライバル、ねえ……実に一方的っぽいけど」

「何か言いました?」

「いや何も」

 高坂が目を鋭くすると、七嵐は両手を挙げて首を横に振る。


「で、どういうきっかけで知り合ったの? 端的にどうぞ」

「試合で戦って負けた」

「……それは、いつのこと?」

 アキラがそう問うと、高坂は胸を張る。

「ふふん、去年の全国大会の一回戦だ。どうだ、思い出しただろう!」

「……………………あ、うん」

 アキラは反応に困りつつも、首肯しておいた。

 そんなアキラを無視して、高坂は続ける。


「……私は地元では天才異能力少女と呼ばれ、将来を約束された最高の選手だった。無敵の能力を振るい、圧倒的実力で全国大会を勝ち上がり優勝し、スポーツ推薦で強豪校に入学してそこでレギュラーを勝ち取り大活躍し取材を受けて『天才異能力美少女!』とか言われてウハウハ……という流れになるはずだったのに、中学三年、最後の全国大会でお前との激闘の末敗北。いやあ、あの激闘はすごかった。だって(中略)。とにかく、私はお前に負けたわけだ。それからは血の滲むような努力を重ねた。毎日十キロのランニングを(中略)食事にも一切の油断は(中略)一日二十八時間のトレーニング……は誇張だけど一日三時間はトレーニングをし(以下略)」

 高坂は思う存分自分の自慢話とアキラへのリベンジの気持ちをぶちまけたあと、ふと何かに気づいたかのような表情を浮かべる。

 ちなみに、アキラと七嵐はうんざりした表情を浮かべていた。


「……っていうか、あんた……黒曜坂付属中学だったよね?」

「…………それは」

 高坂の言葉を聞いた瞬間、アキラの表情が曇る。

「転校したの? うちのジャージ着てるし……。でも、あんたほどの実力者なら、聖天坂が手放さないだろうし……」

 と言ったところで、今度は七嵐を見る高坂。


「……隣の人、明らかに年上、だし……っていうか、黒髪に赤いメッシュ? 目つきが悪くてガラが悪そう……?」

「好き勝手言われてるな」

「わりと見たまんまですよ」

「やめんかこら」


「って、あーっ!」

 高坂が大声を出して、七嵐とアキラを指さす。

「この人、たしか次に練習試合する井村谷のっ!」

「あ、やべ」

 高坂の声に、七嵐は小さく漏らす。


「アキラちゃん」

「な、なんでしょう」

「バレたなこれ」

「……そりゃあ、キャプテンみたいな奇抜な髪型してる人、ほとんどいないですし」

「だろ? オリジナリティがあるから気に入ってんだぜ?」

「……笑ってる場合ですか」

 にっこり笑う七嵐に対し、アキラは呆れた表情を浮かべる。


「さてはスパイだなっ! せんぱーい! せんぱいがたー! 井村谷のスパイがいますー!」

 大声で高坂が叫ぶ。その叫びを聞くと同時に、七嵐は逃走を開始する。

 直後、体育館のドアがガラリと勢いよく開き、長篠設楽原の異能力部員たちがずらりと出てきた。

「アキラちゃん! ずらかるぞ!」

「ちょ、ちょっとキャプテン⁉」

 脱兎の如く逃げ出す七嵐の後ろを、アキラは慌てて追うのだった。

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