第三話 廃部回避策と戦準備 その2
放課後、しぐれは天本と二人、屋上にいた。
「じゅういち、じゅうに……」
しぐれの苦しそうなうめき声が、風に吹かれて消える。
しぐれは腕立て伏せをしていた。天本はそのすぐ近くに立って、しぐれを監督している。
「も、もう駄目……」
しぐれがそう言って、崩れ落ちる。
「潰れてから残り三回ね」
「……ふぅ、ふぅ……し、しんどい……」
天本の言葉に、しぐれはほうほうの体になりつつ、その通りにする。
しぐれは膝を立てて腕立て伏せを三回し、そしてもう一度崩れ落ちた。
天本の手拍子が、二回、鳴り響く。
「はいはい、次はシャトルランよ」
「お、鬼だ……」
しぐれはよろけながらも立ち上がり、屋上の端から端へとダッシュする。
それを、数度繰り返し。
「も、もう無理……」
しぐれはシャトルランを終えて、膝を折り地面にしゃがみ込む。
元運動部所属のしぐれでも、音を上げるほどに天本が強いたトレーニングは厳しいものだった。
ただ厳しいだけならいい。しぐれは、そう思っていた。
しかし、ただ肉体的に厳しいだけではないのだ。
「あ、あれやるんですか……」
しぐれが表情を凍らせる。
「もちろん♡」
天本が満面の笑みを浮かべて返した。
しぐれは、ひくついた笑みを浮かべる。
「……わ、わかりました。……いきます……」
しぐれはうんざりした表情で、すう、と息を吸う。
そしてしぐれは、大声を発する。
「えー、あー……、『炎よ! 赤い炎よ! 燃えろ燃えろ燃えろ! 逆巻き渦巻き全てを飲み込め!』」
しぐれは何やら意味不明なポエムを音読する。天本はそれを横で聞きつつ、
「よくできました」
と笑顔で言った。
しぐれはポエムを叫び終わったあと、顔を真っ赤にしつつ周囲を見回す。
彼方の新校舎、その三階にいる生徒の数人が、しぐれに怪訝な目を向けていた。
しぐれはそれに気づき、さらに顔を赤くする。
「はい二分間休憩ね」
「……了解です」
しぐれは顔を真っ赤にしつつ、屋上の床に腰を下ろす。
「……あの、先輩」
「何?」
「筋トレ、シャトルランはわかります。けど……」
「けど?」
しぐれは頬を紅潮させつつ、もじもじとして、天本から目を逸らし、口を開く。
「その……。最後の自作ポエムを大声で朗読っていうのは……何の意味が……」
「ああ、それは私が面白いから」
そう天本が言うと、しぐれは口をあんぐり開いて、信じられない、という視線を天本に向ける。
「というのは冗談よ」
「ほ、ほんとですか……?」
天本が柔らかい笑みを浮かべ、しぐれは困惑した表情を浮かべる。
そうしているうちに、ピピピ、とタイマーの音が響いた。
「はい、じゃあ休憩終わり」
天本が手を鳴らし、しぐれは立ち上がる。
「…………また、ポエム朗読かあ」
しぐれはうんざりした声を出した。
○
その後も、しぐれは筋トレ、シャトルラン、ポエム朗読……というサーキットトレーニングをこなした。
ポエムのジャンルは多岐に渡った。
戦いをテーマにしたものがあれば、恋愛をテーマにしたものもあり、動物のかわいさを詠ったポエムもあれば、世の儚さを嘆いたポエムもあった。
まあ、それはさておき。
今日一日で、しぐれは校内の一部生徒から『旧校舎屋上でポエムを朗読しているジャージ女』というカテゴライズをされたのであった。
しかし、しぐれにその事実を恥じ入る余裕などない。
「じゃあ、トレーニングは一旦これまで」
「……ぜぇ、はあ……つ、疲れた……」
「疲れたところ悪いんだけど」
しぐれが膝に手をついて肩で息をしていると。
「はいこれ」
しぐれに、天本から触媒が手渡される。
「これを……どうしろと?」
手に持つ鈍色の玉と、鬼教官と化した優しい先輩を見比べるしぐれ。
「説明しなきゃ駄目?」
天本は微笑み小首を傾げる。
「……今すぐ、ですか?」
「ええ、今すぐ」
「わ、わかりました……」
しぐれは絞りかすのようになってしまった体力を、さらに振り絞る。
しぐれはよろよろと立ち上がり、能力を発動。その手に燃えさかる炎の剣を持つ。
「……あれ?」
しぐれは手に持った炎の剣に何やら違和感を抱くが、それが何なのか判然としない。
「とりあえずそれで炎を放出してみて」
「わ、わかりました……でやっ!」
しぐれが気合いを入れて炎の剣を振ると、剣から炎の衝撃波が放出される。
それはかつての七嵐との戦いでしぐれが放ったものと同じようなものであるが、決定的に威力が違った。
しぐれは今、疲労困憊である。
しかし、放たれた衝撃波はしぐれが今まで放ったどれよりも強力だった。
「こ、これは……」
しぐれは目を丸くして炎の剣を持つ。すると、しぐれは先ほど自分の抱いた違和感が何だったのかを理解した。
炎の剣は、今までだと、ただの柄付き棒、所謂竹刀のような構造だった。
しかし今、しぐれが手に持っている炎の剣は、柄と刃からなっている。木刀のようなフォルムをしていた。
「か、変わってる……」
「烏丸さんの能力が強くなったのよ」
天本はそう言って笑った。
「先ほどの特訓で……ですか?」
しぐれが問うと、天本は首肯する。
「でも、今の私は疲れ切ってるのに……どうして」
しぐれは、心中に浮かんだ疑問を、そのまま口にした。
「それは、私たちの異能力と呼ばれる特殊技能、その性質によるわね?」
「性質?」
「ええ、性質よ。……たとえば、私たちの能力のパワー、これを出力と表現するわね。この出力を上げるには、どうしたらいいと思う?」
天本の問いに、しぐれはうーんと唸りつつ、思考する。
「……わかりません」
「そう。なら解説。私たちの能力は、結局のところ、ここ」
天本はそう言って、自身の頭を指さす。
「想像力よ。その想像力を活かすのが、集中力。だから、考え方としては『出力=想像力×集中力』としてもらっていいわ」
「……想像力と集中」
しぐれは、天本の言葉を反芻するかのように呟いた。
「そう。さきほどやってもらったトレーニングの中にあったポエム朗読は想像力を発揮させるトレーニングだったの」
「……でも、今の私は疲れ切ってますよ?」
「そう、今の烏丸さんは疲れ切っている。……だから良いの」
「……そうなんですか?」
天本の言葉、その意図を察しかねたしぐれは、疑問を口にする。
「ええ、疲れ切っているってことは、余力がない。体が疲れると、頭もその疲れに余力を持って行かれる。だから、却って一つのことに集中しやすいってことなの。……陽子と戦ってたときも、最後に勝てたのは疲れ切った時だったでしょう?」
「……それは、たしかに」
「と、いうことなの」
しぐれがおずおずと頷くと、天本はにこりと笑顔を浮かべた。
「……そうなんですね。あの恥ずかしいポエム朗読に、そんな意味が……」
「そう、あれも意味があったのよ。……まあ、恥ずかしがってる烏丸さんが可愛いから、見てるの楽しいってこともあったけど」
天本がそう言って笑うと、しぐれは顔を真っ赤にした。
「……そ、その楽しみ方は止めて欲しいです……あとポエム、忘れてください……」
「忘れてもいいけど……。生徒の何人かは私たちのしていたことを見聞きしていたはずだから、たぶん烏丸さんのポエムシリーズは他人に覚えられていると思うわ」
天本がそう言うと、しぐれは顔をさらに真っ赤にした。
「……詩集、出してみたら?」
「…………ほんと、勘弁してください……」
しぐれは顔を耳まで真っ赤にしつつ、口をもにょもにょと動かしながら俯いた。
○
「……そういえば、七嵐先輩と和泉さん、大丈夫ですかね」
「大丈夫とは?」
「いや……、敵校を偵察しに行くって言ってたので」
「大丈夫、の意味にもよるわね。……まあ、陽子のことだし何か考えてるんでしょ」
天本が何気なくそう言うと、しぐれは不思議そうな表情を浮かべる。
「……どうしたのかしら」
「いえ……、七嵐先輩のこと、信頼してるんだなって思って」
しぐれの言葉を聞いた天本は、微笑を浮かべる。
「まあね。これでも小学生からの腐れ縁だし、色々とわかることもあるわよ。……学校に残って烏丸さんを鍛えろ、ってのも陽子の指令だしね」
「そうだったんですか。……いいのかな」
「いいって?」
「……その、次の試合は、廃部かどうかを決める大事な一戦です。それなのに、私が天本先輩の大事な練習時間を取ってもいいのかな、と」
しぐれがそう言うと、天本はきょとんとした表情を浮かべた。
「……えっと、陽子から何も?」
「……いや、何も」
天本の反応に、しぐれは嫌な予感を覚える。
「今度の試合、私じゃなくてあなたが出るのよ」
「…………えっ」
困惑するしぐれ。
「ええ」
首肯する天本。
「えーっ⁉」
しぐれの驚く声が、屋上に響いた。
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