第三話 廃部回避策と戦準備 その1

「おい! なんで私たちの部活が廃部なんだ!」

 生徒会室に、七嵐の怒号が響く。

 七嵐の声を聞いた生徒会長の高来たかき理津子りつこは、眉をしかめて耳をふさいだ。


「……騒がしいですね。それが話し合いをしにきた人の態度ですか?」

 高来は、銀縁眼鏡のレンズの下から、七嵐を見据える。

「話し合いにも色々と方法があってな、今回の場合は無理になんでも通してやろうってやつだ。だから、恫喝でもなんでも使う」

「……それでいいんですかキャプテン」

 七嵐の斜め後ろで、和泉アキラが額を押さえる。

「陽子、部員もいるから」

「……む、わかった」

 天本が七嵐を制止すると、七嵐は素直に言葉に従った。


 七嵐は首を一度ごきりと鳴らし、高来を見据える。

「そもそも、何で急に廃部なんだよ。よりによってこの時期って。……普通は、部活勧誘期間が終わってからだろ」

「それは確かにそうですが、あなたたちの部、そもそも現状で五人揃ってないですし」

「え、そうなんですか」

「キャプテン、そうなんですか?」

 しぐれとアキラの、何の捻りもない疑問が七嵐に飛ぶ。


「……いや、揃っている」

 七嵐がそう言うと、高来は眼鏡の位置を直し、「いいえ」ときっぱり言う。

「あなたたちの部活、現状だと四人じゃないですか」

「あ、やっぱり」としぐれ。


「……いや、五人だ」と七嵐は言い張る。

「……もしかして、等々力さんのことを言っているのですか?」

 高来がそう問うと、七嵐は「……ああ」と返す。

 七嵐にしては珍しく、歯切れの悪い返事だな、と思うしぐれであった。


 高来は、七嵐の言葉を聞いて嘆息した。

「それは無茶でしょう。彼女はそもそも転校した人間じゃないですか」

「……転校。……とどろき?」アキラが、ぽつりと漏らす。


「あいつは確かに転校したが……」

「そんな人を部に在籍させた状態でいることが、そもそもおかしかったんです。去年の秋からずっとこの状態だったんでしょう? …………一応、今まで見逃してましたけど」

「そりゃどーも。で、部員が足りないなら、集めりゃいいんだろ?」

 七嵐が投げやりに言うと、高来は首を横に振った。

「それだけじゃないです」

「……それだけじゃないのかよ」

 高来の止まぬ追及に、七嵐が辟易する。


「旧校舎の屋上、あれも無断ですよね」

「……ぐ」

「え、あそこ無断だったんですか」としぐれ。

「ええ、無断よ」と天本。

「いや、そんな胸を張って言われても……。っていうか、合い鍵持ってたじゃないですか」

「ああ、あれは勝手に作ったの」

 天本が、当然のことでしょ? といった雰囲気を醸し出しつつ、笑みを浮かべる。

「そ、そんなめちゃくちゃな……」

 しぐれは、(いよいよこの部活大丈夫だろうか)という心境だった。


「……とにかく」

 しぐれと天本の会話を断ち切るように、高来が言葉を紡ぐ。

「他の部活から苦情が出てるんです。どうしてあそこだけ屋上使ってるんだ、と。屋上を使いたい部活は、多数ありますので」

「……なるほど」

 高来の言葉に、七嵐は眉をしかめて腕を組む。


「そこで、あなたたちの部活の実績が問題となってくるわけです。強豪部なら、まあ仕方ないか、となります。ですが」

「……私たちは弱い、と言いたいんだろ?」

「その通り。前回大会、一回戦敗退。そんな部活だけが屋上を使っているのはどういうことだ、という苦情が来まして。今回、あなたたちの実情を調査したら、顧問はいないし部員は足りないし、という状況だとわかったわけです。そもそも、部活動の体をなしていない」

「一回戦敗退じゃない。一回戦棄権だ。訂正しろ」

 七嵐が、目を鋭くして言った。

「……どちらにせよ、結果は同じだと思いますが……。まあ、わかりました」

 高来は目を閉じて、小さく首肯する。


「つまり部員を集めりゃいいんだろ? 三人とも、行くぞ」

「集めて、顧問の先生を見つけなければいけませんが」

「それもなんとかするよ」

「そうですね。部員を集めて、顧問をみつければ、部活として成立はするでしょう。ですが」

「……なんだよ」

「練習場所は?」

 高来がそう言うと、七嵐は重要なことに気づいたらしく、絶句する。


「あ、陽子気づいてなかったんだ」と天本。

「たとえ部員を五人集めて顧問を呼んで、部活としての体裁を整えたとしてもです。次に練習場所の問題があります。多数の部活から、あなたたちが屋上を独占していることの苦情が出ている以上、それを看過するわけにはいきません。……が、かといって我が校に運動部の練習場所が余っているかと言われれば、それもノーです」

 高来の言葉を聞いて、七嵐は腕を組み、指先で腕をとんとんと叩く。


「……ならこうしよう。取引だ」

「……取引?」

 七嵐の言葉に、高来は怪訝そうに眉をひそめた。

「ああ。部活勧誘期間が終わるまで、私たちは部員五人と顧問をそろえる。これが、まず部を存続させるための条件とする」

「そうですね」

 高来が目を閉じ、静かに首肯した。


「次に、練習場所。要するに、今は私たちが弱小だから屋上独占は駄目ってことだろ?」

「ええ」

「でも、他に場所は空いていない、と」

「はい」

 首肯する高来に対し、七嵐はにっと笑顔を浮かべる。


「じゃあ、こうしよう。部活勧誘期間が終わり次第、私たちはこの府で一番の強豪校、長篠設楽原ながしのしたらがはら高校と練習試合を組む。で、そいつらに勝ったら、高来、あんたには部活動の場所をどこか探して貰うぜ。そんで、見つかるまでは暫定的に屋上を使用させてもらう」

「せ、先輩⁉」

 しぐれが動揺した声を出す。アキラも、声には出さないものの、その心中はしぐれと同様だった。

 この部屋にいる部員の中で、ただ天本一人だけが、七嵐の発言に異を唱えようとしない。


「……わかりました」

 と高来。高来は、続ける。

「確かに、あなたの言うとおり、部員が揃ってかつ、あなたたちが強豪部だということが知れ渡れば、他の運動部から来ている苦情、その内容の妥当性は希薄になります……けれど」

「けど?」

「本当に、勝てるんですか?」

 高来の疑問に、七嵐はにっと笑みを浮かべて胸を張る。

「おうとも、私たちは絶対勝つさ」


                〇


 翌日。部室。

「とりあえず部員と顧問は見つけた」

 と七嵐。

「はやっ」

 しぐれは七嵐の手早さに驚きつつ、怪訝に思う。


「えーと、顧問の先生は……?」

「うちの担任にやらせた。勤務時間中校内で喫煙してたの、前から知ってたから、それを材料に脅した」

「や、やらせたって……」

 果たしてこの人に付いていって良いのだろうか、と思うしぐれである。


「ああでも、あれだぜ? 名前だけ貸して、あとは全部私たちでやるから、何もしなくていいって契約だ。優しいだろ?」

「……それは有名無実と言うのでは」

 アキラがため息をついて反応し、続ける。


「それで、部員は?」

「ああ、それもクラスの暇な奴に頼んだ。名前だけ貸してくれって」

 七嵐はそう言って、一枚の紙片――入部届を見せびらかしてくる。

 紙面には、『茂分原もぶはら萌舞子もぶこ』と書かれている。

 あ、この人とは今後一切関わらないんだろうな、と直感したしぐれとアキラであった。

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