身の内に巣食う呪い

「ほ、ホントに今日中に帰り着いちまった……ハ、ハハハ、俺もう今日は動けねぇ」

「シャキッとしないか。お嬢と航さんの前でみっともない、普段の鍛えようが足りないからへばるんだ」

 目的地? らしいだだっ広い、ただただ広いだけの原っぱに到着すると崩れ落ちるようにして優斗は倒れた。


 悠は宣言通りその日の内に目的地に辿り着くために鬼のような速度で走り続けた――いや鬼子だけど! 県を跨ぐ程の移動も車なら休む必要がないがこっちはあいにく生き物だ。疲れたという優斗の言葉は理解できる。

 まぁ実感は出来ないが……俺の身体は悠と同じように走り、その上で彼女と同じに疲労を感じていないのだから。

 それでも精神は別で、道中襲ってくる鬼堕ちとの戦闘や喰い散らかされた被害者の残骸で辟易していた。


 モズの速贄のようになったものや喰い残しを獣が漁ったものもありとても見れたものじゃなかった。

 そして戦闘、三人は人の姿をしたそれらを躊躇なく屠っていた。自分の身くらいは守れるし必要があれば攻撃もするが命を奪う光景というのは衝撃で俺にはそれが躊躇われた。


「お嬢、私が先に戻りましょう。皆への徹底が必要ですから」

「ん~そだね。よろしく~」

「かしこまりました。おい俺だ、事情がある。俺だけ先に入れろ」

 虚空へと話しかける榊場に疑問を持った次の瞬間、空間が歪んだ。歪みの先には建物があり人が居る集落が見える。

 榊場がそこへ足を踏み入れると入り口は瞬く間に閉じて再び何もない空間となった。

「これは一体? 魔法でもあるのか?」

「えへへ、驚いた? これは特種の鬼人の能力でやってるんだよ」

「お嬢が鬼堕ちも人も安全に暮らせる場所を作る為にって探し出した能力だ。どうだすげぇだろ。お嬢は僅か十歳の時には鬼人を倒せてたんだ」

「……どゆこと?」

 とにかく悠が凄いと伝えたいのは分かったが特種だの村を作っただのよく分からん。


「えっとね、さっき見えた村はね、私が十歳の頃に作り始めたんだよ。それでね、人間も鬼堕ちも、ってなると隠れ住む必要があったの、だから隠す能力を持つ特種の鬼人を探してあの空間を作らせたんだよ」

「特種? そもそも鬼堕ちってなんなんだ? 小鬼と鬼人は違うのか? それに人を害さない命令を遵守させる事ができても悠自身はどうなんだ? 俺と同じで鬼灯家の術が掛かってるのか?」

「お嬢はなんだよ! 術なんかなくても衝動に左右されねぇ、お前や俺らと一緒にすんな!」

 特別……同じ鬼の子だろうに悠と自分には絶対的な差があると言い切る優斗は常に誇らしげだ。それだけ悠への想いが強いんだろう。


「あの子なーんにも説明してないんだね。まぁ時間なかったみたいだけど……あのね鬼堕ちには段階があるの、鬼に堕ちる呪いを受けた状態を『呪帯』と言ってこの状態の時は特に鬼としての特徴は無いよ。でもこの呪帯の期間は凄く短くて大抵はすぐに鬼に堕ちる、長く持っても二時間くらいって言われてるね。打ち込まれた穢れには抗えないの――でも航さんは凄いんだよ! というか異常なんだよ。二週間以上も耐えて完全には堕ちなかったの、だから神楽お姉ちゃん達が間に合って邪気が祓ってあるんだよ」

「邪気?」

「邪気はこのもやもや~っていや~な感じのやつ、優斗から感じない? 鬼堕ちよりは薄いけど鬼子も鬼堕ちも纏ってるんだよ。これは呪いの元になった鬼の魂が呪として入り込んで発してるんだよ。取り憑き堕としていずれは自分の身体に、って目論んでるんだよ。だから罪を犯させる。でも航さんはそれがないから綺麗な状態」

 優斗は話を向けられて居心地が悪そうだが心酔している悠の話をぶった切るわけにもいかず沈黙を守った。


 邪気……鬼堕ちから感じる妙な空気の事か。ザラザラとしたものを押し当てられているような不快感、榊場と優斗、それに今思えば東郷達も、それほどではなかったが確かにそういう感じがあったし、道中出くわしたものはそれが強かった。式になっている者や悠の管理下にいる者は抑制されている?


「ん? ……それなら俺鬼心封じってのは要らなくないか?」

「うん、最初は必要なかったみたい。でも邪気はなくても呪いで鬼の身体にはなってたからね、衝動はあるんだよ。そこに大きな瘴気を受けて狂いが出た。因みに瘴気は周囲に影響を及ぼすほどに濃い邪気の事だよ……それの影響でね、人を、襲いそうになったんだって」

 その言葉で心臓を握り潰されそうになる。俺が人を襲った? まさか傷付けたんじゃ――血の気が引き身体が震えた。


「安心して、航さんは間一髪で正気を取り戻したらしいから、誰も傷付けてない。被害者の証言だから間違いないよ」

 だとしても、一度でも襲おうとした。

 小さい頃は『困っている人は助ける』――『人を傷付けてはいけない』――そんな学級目標にでもなりそうな事をやんちゃだった俺は言い聞かせられた。

 母さんはこういうのに特に厳しく生きてりゃ誰もが一度くらいは破りそうなこれを徹底させられた。破れば家に入れてもらえず食事も抜き、外に出された時に夜の闇が化け物が蠢いている様に見えてやたらと怖かったのを覚えている。


 そして、傷付く痛みを知っていた俺には他人を害するというのは大きな恐怖だっただろう、当時の俺が死を選ぶ程に。


「それでね、堕ちた最初の状態を『小鬼』って言うの。暴力、食人、吸血、情欲の強い衝動が現れて肉体も人を超えたものになる。大抵の鬼堕ちはこれで式も殆どがこれだよ。榊場も小鬼だね」

 あの面構えで小鬼とはこれ如何に? どう見ても鬼の大将の方が似合うんですが。


「次に『角持ち』、これは名前の通り角がある鬼堕ちだよ。力を付け始めた小鬼で見た目は人間だけど角が一、二本生えてるの。たま~にそれ以上の角を持ってるのが居るんだけどそういうのは特異な力を持ってる場合があるんだよ。でもね、角持ちは小鬼よりも衝動に飲まれやすいからけだもの寄りの存在かな。人らしさが消えつつ鬼に近くなるの」

 強いのが良いこととは限らないって事か。人間らしくありたいなら力を望むべきじゃないという事だろう。


「そして次が『鬼』、これはイメージしやすいよね? 昔話とかに出てくる赤いのとか青いのだよ。人間としての理性を無くして衝動のままに喰らい、犯し、壊す。そんな存在……殆どは食べる事に偏るけどね、犯すって事をするのはまだ人間としての意識があるのかもしれないね~。ちなみに『鬼』の子は忌み子って呼ばれてて私たち鬼子とは少し違うんだよ。人の姿を残さない『鬼』の子だからね、生まれながらに異形になるんだ~。滅多に居ないけどね」

 散々鬼という言葉を聞いたがまさか本当に鬼が居るとは……そんな化け物が居れば同じ括りの鬼堕ちが忌避されるのも仕方がないのか。


「さてさて次はいよいよ航さんがカテゴライズされてる『鬼人』だよ。鬼人はね~、人間と鬼の姿両方を持つ鬼堕ちの事を言うんだよ。鬼の衝動を制し人の姿にも鬼の姿にも自在に成れる、でも鬼のように自分の意識を手放す事はない。現存する鬼堕ちの最上位存在だね、妖力も当然強いよ」

 最上位……それであの騒ぎか。なるほど、知らん間に大層なものになっていたようだ。でもなんでだろう? 鬼堕ちしてそれほど経たずに俺は封印された。力を付ける暇なんてなかったんじゃないのか?


「そしてあとは鬼姫と鬼神だね。鬼姫は鬼堕ちとは関係のない格の高いあやかしの女の鬼をそう呼ぶ事もあるけど鬼堕ちの場合は特殊な方法で堕とされた女の鬼堕ちの事なんだよ」

「ん? 今の言い方だと普通は女の鬼堕ちが居ないみたいに聞こえるが」

「そだよ。原則として鬼堕ちの呪いは男の人しか受けないんだ~。鬼堕ちの血を継いだ子供は女も居るけどね、私みたいに」

「それはなんでか分かってるのか?」

「呪いの大本の鬼神が男なのが関係してるんじゃないかって言われてるよ」

 普通に鬼堕ちじゃない本物の鬼の存在を肯定してるし……今更だが妖怪って居るんだな。


「最後は鬼神きしんね。これが本来の最上位、存在しちゃいけないもの、呪いの始まり、鬼堕ち達の行き着く先。呪いの始まりはね、一人の悪鬼だったんだって。それが討たれて尚この世に残ろうとして呪いになった。食んだ人間に自分の魂の欠片を寄生させていてその内で力を蓄え増殖して再び一つになろうとしている。だから最終的に強くなった鬼人は共食いを始めるって言われてるよ。まぁ大抵は好き勝手やってて共食いなんて殆ど見ないけど」

 まさか俺も鬼神になるために他の鬼堕ちを食い始めるって事か!? ぞっとする話に自らの肩を抱く。鬼の呪い……そんなものがこの身体に――。


「航さんは例外だよ?」

「は?」

「さっき言ったでしょ? 邪気は祓ってあるって、悪鬼の魂が自分の魂に食い込んで離れなくなる事で鬼堕ちは完了するんだけど航さんの場合は身体は変化していても完全に堕ちる前に祓えたからそういう仕組みからは外れてるって神楽お姉ちゃんが言ってたの」

 だから起こした? だとしても鬼堕ちが人間にとって敵なら起こすべきじゃなかったんじゃないだろうか。

 なんで咲夜は俺を目覚めさせたんだろう? 力がある彼女がわざわざ俺を必要とする理由……考えても分かるはずないか。

 それに俺は逃げ出したんだ。もう関わる事も無いだろう。


「お嬢種別は教えないんですか?」

「あ、そうだった。あとね航さん、鬼や鬼の姿を持つ鬼人には種類があってね、皮膚が硬化して装甲みたいになってるのを甲種、腕が大型化して人を切り裂く為の鋭利な爪があるのを爪種って言うの。この二つに分類出来ないのとか異能を発揮する鬼人は特種か呪い持ちって呼んでるんだよ」

 俺は生徒会長に特種だと言われてたな……爪も装甲もある複合種だからか? 俺にも異能があったりするんだろうか。

「白鬼ってのは?」

「性質によって鬼は色が違うんだよ。赤鬼せっきは鬼堕ちの衝動に従順、青鬼しょうきは鬼神の怨みや怒りに取り憑かれている、黄鬼こうきは愛した人を喰い殺した後悔に苛まれている、緑鬼りょっきは鬼堕ちの性質に反して怠惰に眠り続けていて最も危険が低い、黒鬼こっきは信じる心を無くした最も禍々しい存在――そして白鬼びゃっきは…………分かんない!」

 分からんのかい! 一度に聞きパンクしそうな状況で自分の事だからと聞き入っていた俺は一気に脱力した。


「ごめんなさい、鬼堕ちの白鬼は例がないっていうか……神楽お姉ちゃんの話だとどこかで祀られてる鬼神が白い鬼だったって言ってたと思うんだけど、これは鬼堕ちの呪いとは関係ない神様だったはずだから鬼堕ちの種類とは違うんだよねぇ」

 近いのが鬼神って大丈夫なのか俺!? まぁとは違うものらしいが、それに俺は呪いからは外れているらしいが……いきなり鬼堕ちを喰いたくなったりしないだろうな?


「でも航さんは鬼人として特殊だしもしかしたら祀られてる鬼神様に近いのかもしれないね~」

「特殊? 特種じゃなく?」

「うん、特殊。普通は変化したらその姿は完全な鬼になるんだよ~、でも航さんは人の状態を保ちながらの変化だからかなり特殊だよ。それを含めて特種だね」

 マジか……特殊でよかった。化け物にはなりたくないからな……難儀な身体になったもんだ。家族も亡くしてるし、これからどうするか――。

「ん? なぁ、なんで変化した姿の事とか知ってるんだ?」

「それはねー……じゃじゃーん! 私の宝物! 神楽お姉ちゃんに貰った水晶だよ。いつでも航さんの様子が見れるの!」

 彼女が掲げた手の平大の水晶には悠と話している俺の姿が映し出されている。なにこれ監視カメラ? ずっと見られていたのか?


「お嬢お待たせしました。住人全員に情報を行き渡らせました」

「遅いよ榊場~。まぁ航さんとお話出来たから別にいいけど、航さん疲れちゃったかもしれないし早く休ませてあげないと」

 俺の顔色を窺い不安げな表情をする彼女は見た目相応の少女のようにしか見えなくて妙に愛らしかった。

「ありがとう、身体の方は平気だが精神の方が結構参ってるからお願いしたい」

「うん! 私の家に案内するね! こっちだよ」

 彼女に手を取られて空間の歪みへと足を踏み入れた。

 抜けた先にも普通に空気がありのどかな田畑の風景の先に集落が見える。


 だがそれよりも目を引くのは集まった住人たちだ。

 歓迎の文字が大きく書かれた横断幕を掲げて歓迎の言葉を掛けられる状況に俺は困惑する。

 ここには人垣が出来るほどに人が大勢集まっている。俺への歓迎とは別に、悠の帰還を喜ぶ言葉や祝福の言葉が次々に掛かる。

 彼らにとってどれだけ悠が重要で大切かが窺い知れる。それと同時に悠にとって俺がとても重要な存在なのも感じ取れる。

 本当に一体どんな関係なのやら…………。


「つ、疲れた…………」

「ごめんなさい、でもでもみんな悪い子じゃないんだよ。私が航さんに会えたのを喜んでくれてるだけで悪気はなくて、だから、その…………」

「別に怒ってないよ」

 あのまま村の広場に連れていかれて村をあげての大宴会になったのは驚きを通り越して呆れてしまったが、他人を避けたがる俺にも分かるほどに温かい思いに溢れていたから居心地は悪くなかった。


 更に驚いたのはヤクザが他にも居た事だ。榊場と年の頃が近しいいかにもな者は皆悠を崇めているという様子で従順であった。

 そして俺のところに来る度に悠の話をする。悪事を行おうとした自分達を叩き潰し、命乞いを受け入れの生活を与えてくれた大恩人であると、幼い頃に独りになり苦労してきた方なので貴方も優しくしてあげて欲しいとゴリゴリのヤクザが涙を浮かべて頭を下げるのだ。


「さ、ここが私の家だよ。ゆっくり寛いでね」

 案内されたのは大地主でも住んでいるのではと思えるお屋敷だった。

 戸を潜りただいまの声が掛かると中から穏やかな笑みを浮かべた綺麗な女性が甲斐甲斐しく出て来てお辞儀をした。

「お嬢、本当におめでとうございます。本当に、よかったですね」

「ありがとう詩穂里、ご飯は食べてきたからお風呂お願い出来る? 航さん疲れてるから」

「はい、すぐに準備させてもらいますね。初めまして航さん、柳井詩穂里やないしほりです。お嬢のご厚意でここに置いていただいてます。ご用があれば何でも言ってくださいね」

 柳井さんは自己紹介を終えると鼻歌まじりに奥へ引っ込んだ。

 彼女は普通の人間だ。だが俺に対して少しの警戒も抱いていない様子だった。宴会に集まっていた人々も鬼堕ちも人間も関係ない様子だった。本当に共存しているんだな……隠れず悠の主導で大きな町を作れば問題は解決するんじゃないのか?


「オジョー! オッカエリ」

「わぁ~丹子にこただいま~。良い子にしてた?」

「ウン、ニコイイコシッテタ」

 赤い、獣の瞳の女の子……まるで言葉というものに慣れていないようにつっかえながらの片言で一生懸命悠と話している。幼子が姉や母に接しているように見えるが見た目があべこべなのが妙におかしい。


 そんな子からも伝わるのは悠への好意だ。

 ここに居る全ての人間と鬼堕ち、鬼子は例外なく悠に感謝しているという。こんな世界で爪弾きにされた人間も鬼堕ちも、そして不幸の象徴と揶揄される鬼子でさえも受け入れ同じように平穏な時間を生きられる。

 そんな場所を作る計画の立案者が悠でありこの場所が上手く回っている要でもある。『人を襲ってはならない』その命令を遵守させる事でここは平和に成り立っているという。鬼堕ちと愛し合おうが鬼子と恋をしようが自由だという。

 この場所を作り始めたのは九十年前かららしい。悠は僅か九歳、そんな歳で既に榊場や他のヤクザを従えて候補地の探索、必要になりそうな能力を持つ鬼人の捜索と屈服など多大な努力の上に成り立つ今があると榊場は熱のこもった様子で語っていた。

 そんな彼女は今も時々遠征をしては鬼堕ちして絶望に暮れる者や堕ち人となり町を追放された者、望まぬ子だからと捨てられた者、そんな彼らを拾い快く居場所を提供する。


 そんな優しい事を彼女は続けているという。だからありがとうを返したいと望む人たちは聞くそうだ。

 何か望みはありませんか? と。そんな時に悠が決まって口にするのが俺にだったそうだ。

 彼らはその理由を知っている、だが教えるつもりはないらしい(榊場さんが先に戻ったのはこれの徹底の為だろう)皆もどかしそうにご自分で至ってくださいと言うばかりだ。なら記憶はいつ戻る?

 分からない、分からない、分からない、何故これほど素晴らしい娘が俺に拘る?

 今年で百歳になるのだと言っていた。なら俺が封印される前に出会う事は不可能だ。だとすれば可能性があるのは血縁になってくるが、何故腹違いの妹が俺を慕うのか? 見ず知らずの人間だぞ。自分の父親が捨てた別の家族にそんな感情を抱くだろうか? それとも、そもそもこの予測が外れているのか?


「ふぇあ~」

 柳井さんに風呂が沸いたと声を掛けられて一番風呂をいただいた。

 色々あった。分からない事、納得出来ない事だらけだ。疲れきった心に温かいお湯が染み入るようだ。

「お湯加減どうですか?」

「いいです~……ふぇあ!? なんで外に? 覗きですか?」

 思わず声に返し窓が開いたことで慌てて湯に潜った。俺は女子か! いやいや不意打ちだと男だって恥ずかしいのは当たり前だ。

「覗きません。これ薪風呂なんですよ」

「へぇ~、じゃあ調整は柳井さん次第……茹でないでくださいね」

「茹でませんよ、お嬢だって入るんですから」

「航さーん、お背中流しに来ました」

 風呂の戸を開けてビシッと敬礼する彼女は何も身に付けていない。そう、バスタオルすらも。

「ほらほら早く座って」

「今の自分に少しは疑問はないのか?」

「どうして? 航さんには全部を見てもらいたいから何されても平気だよ」

「お嬢それはちょっと違うのでは…………」

「えー、なんで? だって航さんは――うぅ~、甘えたい~、もっと色々したい~」

 危うく秘密を口にしそうになったが寸前で口をつぐんだ。

 言うのが怖いと言ってたな、俺が嫌う可能性のある関係性……やっぱりクソ親父絡みなのかな。

 好意の理由も分からないまま背中を流してもらい、一緒に入るのだと言って聞かない彼女と一緒に湯に浸かった。

 悠は終始ご機嫌で本当に幸せそうな笑顔を絶やさなかった。

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