4 新曲発売記念ライブ

 次の週末、ぼくは秋葉原で行われたVic の新曲発売記念ライブに来ていた。

 新曲はまるごと覚えてしまうくらい聴き込んでいた。倫野あやめがソロを任されているサビの部分が特にぼくのお気に入りだった。「あなたに、あなたに、夢を与える」という曲のタイトルにもなっているフレーズを二度繰り返すのだ。

 まるでぼくのために書かれたような曲だった。歌詞としては将来の夢などと言うときの夢の意味だったが、ぼくには寝ている間に見る、自分がなくしてしまった夢のことに聞こえた。眠れた気がしなくてつらくても、この曲を聴いていると不思議と気持ちが和らいだ。

 Vic はまだまだマイナーなアイドルグループだったが、それでも会場は熱心なファンで満員だった。

 ライブがはじまると客席のボルテージは一気に上がった。倫野あやめは彼女のイメージカラーの紫を基調とした衣装に身を包み、メンバー内で最も切れがいいと言われているダンスを披露した。

 新曲「夢を与える」がはじまったのはライブの中盤だった。曲紹介もなく突然イントロが流れると、ファンたちはどよめくような歓声をあげた。みんな、この曲が気に入ったのだ。

 会場が一体となっての大合唱になった。ぼくも声を張り上げて歌った。

 サビの直前、一瞬無音になるところに合わせて照明がすべて落ちた。場内が闇に包まれたところで、ソロで歌う倫野あやめにスポットライトが当たった。その効果的な演出に客席がわいた。


 あなたに、あなたに、夢を与える


 倫野あやめの透き通ったハイトーンが響いた。客席はいったん合唱するのをやめ、倫野あやめの歌に聴き入った。

 ステージ中央でまっすぐ前を見て歌う倫野あやめの視線が、ちょうど客席の中央辺りにいたぼくにまっすぐ向かってきた。

 そのときだった。ふいに音楽がかき消えた。

 何かの演出かと思ったがそうではなさそうだった。機械トラブルだろうかと会場を見回してみると、ぼくは隣りにいた人の様子がどこかおかしいことに気がついた。

 ぼくよりだいぶ年上に見えるその男性ファンは、ステージを見つめたまま微動だにしていなかった。まるで人形みたいに固まってしまって、まばたきさえしていなかったのだ。呼吸だってしていないように見えた。

 まるで時が止まってしまったみたいになってしまっていたのだ。

 よく見ると、会場にいる人たちみんなが同じような状態になっていた。何が起きたのか分からず、ぼくはパニックになった。

「あなたよ」

「え?」

 声が聞こえた。ぼくは声の出所を探ってきょろきょろしたが、頭ではそれが誰の声か分かっていたようだった。

 倫野あやめだった。

 ステージを見ると、スポットライトに浮かび上がった倫野あやめがまっすぐぼくを見てきていた。ぼくは、何がどうなっているのか訳が分からないまま彼女を見返した。

「夢を与えてあげる」

 ぼくと倫野あやめの二人だけを残し、世界が止まってしまったみたいだった。

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