2 倫野あやめ
翌朝、ぼくは目を覚ますとすぐにあの夢を見なかったことに気がついた。あの子が何をしたのか知らないが効果があったのだ。
ぼくは思わず笑みをもらし、ベッドから滑り出て小躍りした。よく眠れたらしく身体も軽かった。
久しぶりに爽快な気分で学校に行った。頭も冴えて、苦手な数学の授業もすんなり理解できた。クラスの誰もぼくの身に起きた変化に気づいていなかったが、ぼくの内側では大きな変化が起きていた。
悪夢に悩まされていたときの、自分の体と外の世界の境界があいまいになるような感覚はなくなっていた。その代わり、すべてのものがくっきりと輪郭を伴って見えるようになったのだ。
昼休みはいつものように映画研究会の部室で過ごした。狭くて汚い部屋だが、一人になるにはもってこいの場所だった。
放課後に何となく集まって映画やアニメの話をするだけのやる気のない部活だけど、今やすっかりぼくの居場所になっていた。この学校でぼくが心落ち着ける唯一の場所だ。
空気を入れ換えようと窓を開けたとき、ぼくは中庭を歩く倫野あやめを見つけて思わず息をのんだ。
彼女の方ではぼくのことなど知るよしもないだろうが、ぼくの方は入学前から彼女のことを知っていた。
芸能コースがあるこの高校では在学中から芸能活動をしている生徒も珍しくなかったが、倫野あやめもその一人だった。
彼女はVicというアイドルグループに所属していたが、ぼくは中二の夏からそのVic のファンだったのだ。
中でも好きなのが倫野あやめだ。アイドルにしてはクールで、どこか謎めいた雰囲気さえあったが、ときおり見せる少女のような笑顔がどうしようもなく魅力的だった。
ぼくの部屋には彼女が単独で写ったポスターが何枚か貼られていたし、雑誌の切り抜きもスクラップしていた。ペンライトやタオルなどのグッズもいくつか持っていたし、ライブに行ったこともあった。
同い年だということは知っていたが、まさか同じ高校に進学するなんて夢にも思わなかった。普通科のぼくとはコースが違うから接点はほとんどなかったが、それでも同じ学校に倫野あやめがいると思うだけで興奮した。
窓際で見とれていると、ふいに倫野あやめが足を止めてこちらを振り返った。映研の部室は三階だから気づかれるはずなどないと思っていたが、気配を悟られたのか、ばっちり目が合ってしまった。
ぼくは、今さら手遅れだと思いながらもカーテンの陰に隠れた。心臓が激しく脈打っていた。
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