第3話 ハートに火をつけて③

それからしばらく、ホノカグツチの取り留めのない話に付き合った。


何せ過去、未来のあらゆる場所に同時に存在しているようなモノの話だ。

話の軌道はあちらこちらへいざり、円を描き、明後日の方向へと飛び回る。


これに相槌を打ち続けると言うのも、中々体力が要る。


いい加減どこかで話を切り上げないとな、と考えていた時、

本当に前触れなくはた、と大きな違和感に気付いてしまった。


「それでなーーー」

彼の二の句を遮るように、私はオイル・ライターの蓋をぱちん、と閉じた。


燃え残りのオイルの匂いを残して消えた彼ーーー

ホノカグツチは開口一番「しばらく」と言ったのだ。

久方ぶりに再会した相手に用いる言葉だが、私は彼と


そうだそうだ、私は彼を口伝や教科書で知っているだけ。

本当に、間違いなく、一度だって出会った事はないのだ。


「じゃあ、私は明日も生きてるのか」


過去でなく未来で出会っている、としたら になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


机の上の最後の一本を吸ったらーーー私は死ぬつもりだった。


何かを悲観した訳でも、絶望した訳でもない。

ただ目的もなく、叶えたい夢もないまま生きていても仕方がなかろうと。


動機は消極、用意は周到。

ロープやら練炭やら薬やら、あれこれと用意した末、

どれを使ってやり遂せようかと、考えている内に眠ってしまっていたのだ。


「はは」


自分の頓着のなさに笑いがこみ上げた。

時計を見ると、時間はとっくに11時を過ぎている。


決して短くない時間、彼とああして話していたと言うのに、

こんなにも大きな違和感に気付きもしないばかりか、

あまつさえ調子を合わせて「久しぶり」だなんて。


ひとしきり笑った後で、ふと考えてみる。


消える間際、彼は何を話そうとしていたのだろう?

私は何故、とっさに彼を消してしまおうと思ったのだろう?


何となく、本当に何の根拠もないのだがーーー

彼は、未来の私と話した事を語ろうとしたのだと思う。


私は「それ」を聞きたくないと感じた。

だから強引に、彼との話にけりをつけたのだ。


自分自身にも「けり」を付けるつもりでいた私にとって、

未来を垣間見る機会は、どうあれ悪いものではなかったろうに。


「・・・・・・」


タイミングを失って、火を点けず咥えたままでいた煙草のフィルタは

唾液を吸い込んですっかり湿気ってしまっていた。


「これが最後じゃ、ねえ」


べとべとの吸殻を一本残して、なんて格好のつかない事は御免こうむりたい。

湿気たそれを口から離すと、灰皿へくしゃくしゃと なすって捨てた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


結論から言って、私は死ぬのを一旦やめにした。

あれから半年、相変わらず夢も目標もない私であるがーーー


あの刹那、どうせやってくる未来なら、せめて自分自身の目で確かめたい。

そう感じた、ある意味前向きな自分の心に従う事にしたのだ。


季節は秋、もう夜は随分と冷える。

窓を開けて煙草が吸えるのも、今夜あたりが最後だろう。


あの日と同じようにがたがたと強引に窓を開け、桟に腰を下ろすと、

いつものオイル・ライターで咥え煙草に火を付けた。


温い煙を胸一杯に吸い込み、ふぅっと夜空に向かって吐き出す。

煙は白くなった息と共に大きく膨らみ、夜風に流されてふいと消えていった。






























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Ex.Ex.神の国 田中一心 @isshin_tanaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ