第2話



『過去』とは、時間の流れを三つに分けて理解する場合の、既に過ぎ去った部分のこと、現在より以前のこと、あるいは既に終わった出来事のことを指す。


過去とは変えられないものである。故に後悔をする。過ちを犯し、変えようとしても変えられないからだ。


後悔したことは一度や二度、誰にでもあることだろう。身近なものだと、遅刻したり、寝不足になったりとすることだ。

大きなことになると事故、会社の重大なミス、失敗が許されない場での失敗など様々だ。


もう一度言うが過去は変えられないものだ。故に後悔をする。


しかし、もしも変えられるとしたら?


そんな力を持っていたら?


過去を改変させられるそんな力を持ったら?



これは両親を救えなかったと嘆き、後悔した少年の物語だ。




「おいボッチ」

「どうした童貞」


うるせぇー俺はもうすぐ卒業するんだ!と涙目で訴えるのは明。


今は昼休み。昼食を食べる時間だ。運動部などに所属しているものは十分休みなどで既に食べ終わり、購買に行っているかもしれない。

明が、峰の目の前に空いている席に背もたれを前にし、その上に腕を置くという座り方で弁当を総士の机の上に置いた。


「可哀想だから一緒に食べてやるよ」

「あ、俺はもう食べ終わったからトイレ行ってくるわ」

「ちょちょ!冗談だって!」


慌てて裾を掴む明。

総士も逆らわず、そのまま座り、弁当を包んでいた布を広げる。


「お、今日唐揚げ?」


総士の中身は二分の一が、白い米で埋め尽くされており、もう一方には新鮮なレタス、唐揚げ、レモン、ポテトサラダがあった。


「よく毎朝そんなの作れるよなぁ」


一個頂戴、と答えを聞かず唐揚げを持っていく明。

総士はいつものことだ、と諦めている。


「そういや知ってる?」

「何を?」


明が唐突に話の話題を変えた。総士はなんのことを言っているか分からず、首をかしげる。


「おい、首をかしげるのは美少女がやるからいいんであって、男がやっても可愛くないぞ。誰得だそんなもの」

「わざとやったわけじゃねえよ。で、なに?」


総士がさっさと続きを話せ、と目で急かす。


「いや、お前さ帰りあの大通り通ってから脇道にそれるよな?」


明が窓から見える住宅街を指で指しながら話す。


「そこらへんでよ、暴力沙汰があったんだよ」


総士がちょっと肩を震わせた。心当たりがあったからだ。


(間違いなく昨日のことだ…)


昨日、力を使い、人を助けたーー助けた男性には逃げられたがーーところを指していることから間違いない、と判断する総士。


「へ、へぇーそうなんだ」


誤魔化そうとしたが、声が少し震えてしまった。

幸運にも明はそれに気づかず、話を進める。


「重要なのはここからなんだよ。実はな、そこにいた奴らがな、かなりヤバ〜い奴ららしいぜ」


総士はなんだよヤバい奴らって、と心で愚痴る。

ヤバいとついているからには少なくとも堅気の人間ではない。

昨日、その連中に暴力沙汰を起こしたのは総士自身なのだ。

もしも目をつけられているなら総士が望む平穏な暮らしができなくなる。それはなんとか回避したかった。


「なんだよヤバい奴らって、そんな抽象的じゃわかんないだろ」

「俺だって知るか。どーせヤのつく人たちだろ」


もしかしたらそのヤバい奴らのことを知ってるかも知れないと思って聞いたことだが、やはり知らないようだ。


「どーせってなんだ、どーせって」

「どーせはどーせだ」

「意味わかんねぇよ」


総士は考える。そのヤバい奴らとやらが襲ってきた場合だ。この力を見られていて、手に入れようとするのか、解明しようとするのか、それは分からないがろくなことにはならないだろう。最悪、モルモットか。


(そんなことになるくらいなら……)


総士は自身の右手を見て、精一杯足掻いて逃げてやろうじゃないか、と決心する、が、総士は多分大丈夫だろ、と考えている。

UFOを見た、幽霊を見た、と言っても信じないのと一緒だ。

超能力を使う少年に負けました、と言ったって誰も信じないだろう。こいつ頭がいかれてる、と思われるだけだ。

唯一、力を使ったことだけは後悔しているが。


(見過ごしとけばよかったな)


今更ながら後悔し始める総士。が、なにを言っても変わらないのだ。

過去は変えられない、そんなことはずっと前からわかっているはずだ、と総士は自分自身に言う。


「じゃ、俺もう食い終わったから」

「はやっ!」


トイレ行ってくるわ、と一言言ってから立ち上がる。


(過去は変えられない、そんなことは……わかってる……)


洗面台の前、総士は顔を洗う。水滴の滴る音が総士の孤独さを感じさせられる。

ふと顔を上げてみるとそこには、幼い頃の自分がいた。

足元はレッドカーペットのように赤く染まっていて、動かないものが二つ。

その動かないものの奥には赤い車があり、総士を守るようにその二つはあった。


(いつからだったっけ……)


人を頼らなくなり、平穏を求めたのは、と。


大切な人を守れるのは自分だけ、自分を守れるのは自分だけ、自分でしたことは自分が責任を持つ。


平和だったら戦争が起きず、大切な人は死なない。平穏だったら大切な人が傷つかない。変化がなかったら大切な人はなくならない。


過去は変えられない。

ーーそんなことはわかってる。

でも変えたい。

ーー無理だ。変えられない。

もしも、変えられるような力を持っていたら。

ーー持って……いた……ら……


総士の思考は全く別のものに切り替わる。

スタンガンのようなバチバチッとした音が鳴ったかと思えば、総士の右手から青白い電気が流れはじめたからだ。


「な、なんだ!」


力を使ったときはこんなことにはならない。

ならば何なのか?そんな疑問の答えが思い浮かぶ前にその電気は次第に小さくなり、消えてしまった。


「何だったんだ……」


右手を開いたり、閉じたりしてみる。しかし、電気が流れた時も今も、痛みや異常は感じられない。

そのことに少し呆然としていたが、その時間は長く続かなかった。


「おーい、長いなー、もしかしなくてもうんこかー?だったら上から水かけてーーーーつて、なんだいるじゃんか」


ほらほら行くぞー、と何とも気の抜けた声に総士もなんだかどうでもよくなり、トイレを出るのだった。





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