Strange past

今際健

第1話


「あぁ?やっぱりテメェも異能持ちだったか」


ーー何故こんなことになっているのだろうか


夜の暗い路地裏で少年、織田総士はそんなことを考えていた。


「逃さねぇぜ!!」


ーーそうか、俺が関わったからか




時間は一日前に遡る。



第一工業高校に通う織田総士は少し不思議な力を持っていた。

ただ不思議な力といっても火を出せるわけではないし、ものを浮かせるものでもなかった。生活に便利だな、といった程度だった。

総士の性格上、この力をみんなに言ったり、見せびらかしたりすることはない。

総士は変化を嫌い、平穏を好むのだ。

毎日同じ通学路を通って、親友にあって、バカやったりして、笑い合う。そんな日常が良かったのだ。


帰り道、歩きで家まで帰ろうとした時つい脇道を見てしまった。

そこには四人の男がいた。一人の弱々しい男を囲む形で。


総士は見過ごそうとした。見なかったふりをしようとした。

だが、囲まれていた男と目が合ってしまったのだ。

その目は涙で濡れていて、助けて、と言っていて、どことなく昔の自分に似ていて。


ーー人に頼るな

ーー自分のことは自分でなんとかしろ


気づいたら力を使っていた。

どうやって使ったのは覚えていない。

手にはナイフがあり、壁の至る所に切り傷や、凹みがあった。男達は逃げ出し、助けた男性は喚き散らしながらどこかに走って行ってしまった。


助けた男性に逃げられたことに、力を使ったことに呆然としながらも、総士はなにもなかったかのように家に帰った。


翌日、総士は少しだけ眠い体を無理矢理起こしながらも自分で作った朝食を食べ、学校へ登校した。


「…行ってきます」


返事をするものはいない。

総士の親は小学生の時に亡くなっている。

総士はその日のことを思い出す。


あの日はじめじめとした日で、地面がぬかるんでいた。久しぶりの家族とのお出かけで気分が高まっていた。楽しかった。笑顔になりながら走っていた。前を見ずに。

信号の前、総士は赤だということに気づかなくーー


「やめだやめ」


総士は思い出すのをやめた。辛い思い出を思い出すのが辛かったのか、なんなのかはわからないが。

総士はスマホを弄り、耳にイヤホンをつけ、学校へと向かった。

その際、自身の髪の毛に気づく。

総士の髪の毛は黒色に所々白色が混じる、少しおかしな髪の色だ。昔は白色などなかった筈だった。


(確か、母さん達が亡くなった時からだったっけ)



総士が学校へ行くとそこにはほとんどの生徒が着席していた。

後ろから三列目、一番横の窓側の席に総士の席はあった。

自分の席に座ると、丁度チャイムが鳴る。

少しして、走る音が聞こえたかと思えば、勢いよくドアを開ける音がした。

そこに立っていたのは総士の親友で、悪友である酒盛明だった。

明は汗だくで、夏の制服が肌にぴったりとひっついていた。

みんなに見せびらかしていた青い髪が額についている。

仕事終わりの中年男性のように、ヨロヨロと歩きながら総士の右隣の机に座った。


「おい、遅刻だぞ」

「…大丈夫だ、…まだ…先生が…来てない」


息切れしながら明はそういった。

全然大丈夫じゃねぇよ、と言いたかったが、総士自身もこういう事は何回かあったし、何より学校で親友をチクったりするようなら必ず孤立する。それを避けるため総士は軽くいうだけにしておいた。

一時間目の用意をし、ぼけーっとしながら、ホームルームの時間を過ごしていると、明から、ちょんちょんと指でつつかれた。

明の方へ向くと、申し訳なさそうな顔で頼んできた。


「ノート忘れたからルーズリーフ貸してくんない?」


全くこいつは、と思い総士は大きくため息をついた。それをどう受け取ったのか明が焦ったように頭を下げてきた。


「お、お願いだって!マジで忘れてきたんだって!今回英語重要なところやるらしいじゃん!ほんと無かったらテスト終わるから!」

「はいはい分かったよ」


もう一度ため息をつきバックからルーズリーフを取り出そうとする。が、中に入っているのはスマホ、イヤホン、筆記用具、下敷き、英語の単語表のみだった。


「悪い忘れたわ」

「ちっ!使えねぇ」

「おい」

「ごめんごめん、冗談だってじょーだん。イングリッシュジョーダンだよ」


悪びれた様子もなく笑いながら謝る明。

別に本気でいってるわけではない事は総士もわかっているのでそんなに気にしなかった。


明は信用されやすい体質だ、と総士は思う。

明は基本的に嘘はつかないし、優しく、口も硬い。雰囲気もなんだか安心できるような雰囲気で、秘密を話しても大丈夫な相手だというのがクラスの認識だ。事実、好きな人に告白したいけどできないからどうすればいいの?という相談はよくされるらしい。

ただ、ふざけることは多々あり、それに総士が振り回されるようなことがあるが。それに目を瞑ればいい親友だ。


人柄も良く、顔もまぁまぁ、そのため密かに明を狙う女子も多いとかなんとかかんとか。


(こんな見た目なのにな)


明は青髪に耳にピアスという明らかに近寄りがたいタイプの人間だ。

だが、何故か明は信用される。


(見た目で判断するのは良くないってことか)


総士は打ち明けてもいいかな、と考えていた。

打ち明けるとはあの力のことだ。

明は総士にとってまさしく親友だし、人に喋らないだろう。


(いや、やっぱやめとくか)


数分考えたが、秘密は秘密のままにしておくことにした総士。

そもそも話してなんになるのだという話だ。


同情されたいのか?

いや違う。

みんなと違う力を持って優越感に浸りたいのか?

いや違う。


総士は平穏を好む。平穏を好むからこそ力を見せなかった。これからも一緒だ。


この力のことは隠して過ごし、ちょっといい大学に行って、そこそこいい会社に就職して、結婚して、幸せに過ごす。

そんな幸せな日常を過ごしたい。

心からそう思った。


(まぁ昨日のことは無かったことにして……)


総士は視線を窓の外に向ける。

夏の太陽が光り、道路には自動車がある。緑のペンキで塗られたかのような大木。グラウンドで準備体操をしている男女の生徒達。


(ああ……)


母と手を繋ぎながら歩く子供。焦った様子のスーツを着たサラリーマン。ティッシュを配るバイトの人。


総士は思う。


(やっぱり平穏が一番だ)


と。




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