第59話 case2—8
そして何もできなかった。有効的な手段が思い浮かばなくて、でもなんとかするしかなくて、成果もなく帰ることなんてできないから僕は手当たり次第声をかけまくった。
歩きながら本を読んでいる男子生徒に。
仲睦まじそうに歩いているカップルに。
どこかに電話をしていた教師に。
でも誰も答えてくれなかった。誰も何も答えてくれなかったのだ。わかっていたことだったが、自分への落胆と失望で頭が痛い。
どうしようもない。打つ手がない。それでも僕は、声をかけ続けた。
そしていつの間にか、夜の九時を回っていた。
「……今度こそ帰ろう」
みっともなくあがいてきたが、これ以上の収穫は見込めそうにない。
「深海について調べまわってっるっていうのはおまえか?」
僕に後ろから声がかかったのはまさにそのときだった。
そこには二人の男子がいた。一人は見たことがある。さっき声をかけた男子生徒だ。でももう一人は知らない。トレンチコートというのだろうか。そんな類いの黒いコートを着た、左手に何かを持っている、つり目の男子。
「あなたは?」
「ん? なんだ。深海のことはつかんでいても、俺のことはつかんでないのか。まあ仕方ないと言えば仕方ないけどな」
男子は心底どうでも良さそうに、ぶっきらぼうな自己紹介をした。「俺は梨田。梨田陸。深海がねつ造写真を作ったって言う証拠のあの写真を撮影した、張本人だよ」
「え……」
ここに来て、ほしかったカードが自分から転がり込んできた。そのことに驚いてしまって、僕は言葉も出なかった。
「なんだ? どうした?」
「……いえ、何でもありません」
「そうか」
梨田は、一緒に来ていた男子に目配せをして、彼を帰らせた。人払いのつもりか。ならこちらも質問しよう
「あの写真は、貴方が意図して流失させたものですか?」
梨田は首を横に振る。
「ノーだ。俺はあれを狙ったわけじゃない。悪意あって、俺のデータを使ったやつによってだ」
「その人物に、心当たりはありますか?」
「この前までうちの学校に教育実習生としてきていたやつだ。俺の端末かあらデータを盗み出して、それを公開した」
「そうですか」
教育実習生ということは、そこから追うことは少し面倒だ。やっとつかんだ手がかりだが、追えるだろうか。
「貴方は、その人への連絡手段を持っていますか?」
「さすがにねえよ」
「そうですよね……」
となると、自力で追うしかない。でも、教育実習生の身元なんて、手に入れ方がわからない。
また思案に沈んでしまいそうになったが、そこで梨田が意外な言葉をかけてきた。
「有用な情報ならある」
ここにきての有用な情報。具体的な内容はわからないが、乗らないという手は無い
「……それはなんですか」
梨田はにやりと笑うと、左手に持っていたものを僕に見せた。
「……そのパソコンがどうしたんですか?」
「まあ聞けよ」
梨田はパソコンを開き、何かの作業をしながら話し始めた。
「いくら深海が悪事をしていたって、実習生が恨みを持つわけが無い。誰か依頼をした人間がいるはずだ。そしてそいつはもちろん、深海に恨みがあるはずだ。そういったやつのネットの使用履歴とかを調べた。やり方は聞くなよ。結構危なかったからな。でだ、そいつらのなかの一人が、いじめの相談サイトに通っていた。それがこれだ」
梨田はパソコンの画面をこちらに見せてきた。そこには『ミルキーウェイ』を名乗るいじめ相談サイトが出ていた。
「ミルキーウェイ……天の川の別名か」
天の川は星の川。なんて安直なネーミングだ。
「おそらく、ここの運営者が糸を引いている」
そんなことは知っている。でも、窓口が開いているということは、まだ打つ手はある。まさかの流れだが、収穫はあった。
「それだけわかれば十分です。ありがとうございます」
「……これだけでいいのか」
「はい。これだけでも、十分な収穫です」
「……そうか」
「はい。では」
収穫はあった。これ以上の意味は無い。僕は梨田の前から立ち去った。そこで僕はふと考えた。梨田陸という人間についてだ。あの情報収集能力からすれば、彼はきっと情報屋だろう。であるならば、今このときにおいて、深海は格好の餌ではあるだろうが、彼の肩を持つような情報は公開しないはずだ。つまり梨田は、深海と一緒に行動していた情報屋だろう。きっと犯人を恨んでいる。きっと僕も同じ人間に思われたのだろう。でもそれにしては、情報の要求量が少ない。だからこそ『これだけでいいのか』なのだ。でも僕はそうでは無い。だからきっと、彼の思いも裏切ることになる。
でも僕は前に進む。たった一度、星川と話すために、いろいろなものを利用する。わがままなやつだとは思う。でも、これが僕の道だ。
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