第57話case2–6 浅井祥の立場
そのあとやったことはようは人海戦術だ。いくらネットに情報がたくさんあるとは言え、個人情報だったり中傷記事は、一般人の目にはあまりとまらない。逆に言えば、目にとまるほど炎上したものは、誰かが何かをした可能性がある。その一つ一つに目を通して、怪しいやつを見つけ出す。目星がつくまではその繰り返しだ。
大体は、名前が挙がっているのは加害者の方だから、被害者のことはよくわからない。仕方ないから加害者の方に話を聞きに行くのが、加害者の方は、個人情報をさらされているからか気が立っていて、とてもじゃないが話を聞けない。被害者も被害者で、思い出したくないからと言うことで話を聞けない。何日たっても成果なし。全くダメだった。
日に日に、みんなにいらつきが見えてきて、統率が困難になる。なじられ、罵られ、怒鳴られて。誰が喜ぶと言うんだろうか。
でもついに、僕らは当たりを引いた。あの事件、深海の事件が起きたのだ。
浦山の友人が、彼の連絡先を持っていたので、直接接触することができた。「家だと面倒だから、外で話そう」深海はそう言って僕に場所の指定を求めてきたので、駅前の喫茶店を使うことにした。 僕は集合時間の五分前に、喫茶店に着いたが、深海は既に席に着いていた。彼の顔は、既に確認していたので、混んでいたとしても判別はつくはずだったが、そもそも喫茶店には彼しかいなかった。「初めまして。浅井です」
深海の目がこちらに向く。その目を見て、僕は驚いてしまった。
___こいつはまだ死んでない。
顔は無気力そうだ。やつれてもいるし、明らかに生気はない。でも目が死んでいない。すべてを失った人間の目じゃない。これは、やりきった人間の目だ。
「深海です。今日はありがとう。どうぞ座ってください」
促されて僕は座った。これでは、どちらが招待した側かよくわからない。
「申し訳ないです。こんな所に呼んでしまって」
「構いませんよ。家とかその近くだと動きにくいので、むしろありがたいです」
なるほど。確かにそうだ。でも、こうやって話してくれるほどの気力が残っていることに僕は驚いている。普通なら、そもそも思い出すのもいやなほど打ちのめされているはずだ。
「で、ご用件は?」
「ああ……」
深海の状態について考えていたらむこうに促されてしまった。仕方ない、話を進めよう。
「あなた個人情報がネットに流失しているのはご存じですか?」
「はい」
「その原因となった、カンニングねつ造の写真、あれは事実ですか?」
「はい」
ここすらねつ造だったら、もしここをたどっていった先に星川たちがいたときに、ぼくは心底彼らを軽蔑しそうだったが、それはなかったらしい。
でも、それならそれでわからない。
「なぜあなたは、そんな目を、やりきったような目ができるんですか」
「__そんな目をしていましたか? やっぱりまだダメだな。一片の疑いもなく、僕は悪の首領であったと思ってもらう気だったのに」
彼がまとっていた雰囲気が変わった。僕がみたのは、つい先ほどまで目の前にいるのは、すべてを失ったふりをしている人間ではなくて、自分のやったことを誇る、達成者だった。
「でもあなたもすごいですね。よく見破りましたね」
「人間観察をしてないと、やっていけない場所にいたもので」
「それはなんとも大変な」
そこでまたこいつは笑った。これが素のようだ。
「では、今度こそ誠実にあなたの質問に答えましょう」
深海は腕組みをしてこちらを見つめてきた。
「カンニングをねつ造したのは事実です。理由としては二つ。一つは、彼、粕田君をみんなのサンドバックにするための都合のいい口実がほしかったから。もう一つは、いつか自分を、諸悪の根源、深海恭介を倒そうというものが現れたときの切り札にするためです」
「あなたは、倒されるために、悪になったんですか?」
彼は頷いた。
「この世には、倒せる形で存在している悪の方が少ない。なら、倒せるようにまとめてしまった方が効率的でしょう」
「……それはそうです。でも、それは、あなたが今まで積み上げてきたものを壊す結果になります」
普通の人間なら、自分の積み上げてきたものは大事にする。それはその人間が生きてきた証だ。それを否定するとはつまり、その人間の生き様を否定することにつながる。
なのに。
目の前の男は、そんな大事なことを、こともなげに笑って行う。「一番やりたいことがあるのだから、それを優先するのは至極当然のことでは?」
正しい、合理的。でも、狂っている。
話してみてわかった。深海恭介の過去に何があったのかは知らない。でもこいつは、自分のあとに来るものが、自分と同じ理想を持つと信じて、その理想の達成がやりやすくなるように、悪の首領となり、悪をまとめたのだ。
自分がその理想をなすのではなく、他人の任せた方が効率的だと考えたからこその行動。でも、自分の理想に反する行動を、長く行わなければならなかったのだから、その精神的負担は生半可なものではない。でもこいつは、それに耐えた。恐ろしいほど合理的で、狂っている。
でも、そんなことはどうでもいい。必要な情報は手に入っている。「あなたがこの写真でおとしめようとしたのは、粕田という人なんですね」
「ああ。フルネームは粕田彼方。でもなんでそんなことを?」
「役目を終えたあなたには関係のないことです」
「手厳しいな……でも正論だ。わかった。聞かないことにするよ」
「では」
合理的で、狂っている。もう少し話を聞いてみてもおもしろかったのかもしれないが、ここは個人的興味より、迅速さを求めるべき局面だ。僕は早々に立ち去ろうとした。
「一つ聞いていいかな」
でも質問に答えないのは僕の信条に反する。
「なんでしょうか」
何を聞かれるのか、全くわからなかった。深海は先ほどまで浮かべていた笑みを消して、真剣そのものという顔になった。
「君は、正義の側につくのかい?」
「……」
きっとこの質問には、そうだと答えるのが正しい。そしてそれは間違いではない。でも僕は、そうではないんだと思っている。僕が断とうとしているこの場所は、きっと___。
「いいえ。違います。僕が立とうとしているのは、正義の側かもしれないけれど、それはちょっと違う。僕は友達の間違いをいさめにいきたいだけなんですよ。しっかりそれを教えて、元に戻したいだけなんです」
誰がなんと言おうと、これだけは間違いでないと断言できる。今、この瞬間に、僕は立つべき場所を決めた。
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