第56話 case2—turn,change
珍しく、でもないか。まあともかく、君が驚いている顔が見れてうれしいよ。まあそんなことは口には出さないけどね。
僕は予想していたとおりの場所に彼女が現れたのがおかしくて、つい笑ってしまった。
「やあ、星川」
「……浅井」
僕は驚く彼女の方に歩み寄る。
「どうして、ここに?」
「まあ驚くよな」
珍しくよく動き回った。全くらしくない。
「いろいろあったんだよ」
僕はここに至るまでの日々を思い返した。
実は深海の一件がなぜわかったのかと言われても、実はまぐれ当たりだったりする。ネットには日々たくさんの情報が流れている。その中から、確実に一つのものを引っ張り出すのは困難を極める。そんな馬鹿なことをしたくはなかった。でも、そうするほかなかったのだ。でも、僕だけでは力が足りなかった。だから僕はあの日、あいつらを呼び出した_____かつての星川の協力者、乃田と山部さん。そして、きっともう、こんなことには二度と関わりたくないと思っているであろう、浦山を。
あの日、夕日に照らされた教室で、僕は呼び出した三人と対峙していた。思えば星川と一緒に、山部さんの話を聞いたのもこんなときだった。柄にもなく昔のことを思い出し、僕は一人笑っていたように思う。
「何笑ってんだよ」
その結果、浦山に突っ込まれてしまった。ただし前のような軽さはなく、ちょっと不機嫌そうにだが。
「ごめんごめん」
さすがにどうして笑っていたかまで話す意味はない。僕は適当に謝り、本題に入ることにした。
「今日呼び出したのはほかでもない。星川のことでだ」
「浅井、響ちゃんは死んだんじゃないのか」
浦山のその疑問はもっともだ。そして、このタイミングのその愛の手は最高ですらある。この質問に対しての元々協力者であった乃田と山部さんの反応を見ることで、どこまで知っているのかをみることができる。彼女らはいたって普通にうなずきを返していた。なるほど。彼女たちはもう、星川とは切れているのか。それならばある意味楽だ。
「浦山。星川は生きている」
「なっ!」
浦山は思いっきり声を出して、山部さんは口に手を当てて驚いている。それはそうだ。驚いてくれないとおかしい。
ただ、乃田だけは、気難しそうに「なるほどね」とつぶやいている。
「どうした」
「いや……もしかしたら、そんなこともあるかもしれないって思ってただけ。あまりにお姉ちゃんに似た流れで死んでしまったから、ちょっとできすぎだなって、思っていただけ」
彼女は彼女で、今回の一件を疑問に思っていたのか。
「……それで、おまえは何をさせたいんだ」
浦山の声を合図に、僕は議事の進行を再開した。
「いいか、星川は何で一度死んだのか、わかるか?」
誰も答えなかった。まあ、こんな馬鹿げた考えは、理想を追いかけ続けたやつにしか見えない、最後の一手だ。
「メシアの復活。あいつはそれを再現する気なんだよ」
「……は?」
「何言ってんの、浅井」
「ちょっと、浅井君、大丈夫?」
「悪いが大真面目だ。いいか、一回死んでよみがえった人間なんてイエス・キリストぐらいだ。つまり奇跡に等しいんだよ。それの真偽はともかくとして、注目度は高い。つまりは、一時的であるにしろ、発言力が上がるんだよ。その瞬間に、世界に自分の思想を、正義を広める。それが彼女の考えだ」
一息で言いきったから、とても疲れてしまった。
「でも浅井君」
山部さんが手を上げる。
「嘘だってばれたらどうするの」
「彼女は養子だ。遺体のDNA鑑定はできない。さらに言えば、既に火葬された後だし、骨も海に沈められている」
「じゃああの遺体は、誰?」
「……彼女にいじめの相談に来た人だ。もうどうしようもないと判断されて、どうせ自殺されるなら、有効利用しようって……」
「そんな……」
山部さんは両手で顔を覆って、うずくまった。彼女の泣き声が聞こえてきて、乃田がしゃがみ込んで背中をさすっている。
言っていてひどい話だと思った。僕はこれを、星川一人でやったかのように話している。迷いを立つためにはこれが一番だが、事実とは全く違う。本当に、僕はひどいやつだ。
「ごめん」
「……何で浅井が謝るのよ」
乃田が怪訝そうに、でも目線は山部さんに向けたまま言う。でも仕方ないのだ。こうするしかない。
「僕はこれから、君たちに最低なことを頼む。僕らの友達を、おとしめる行為になるかもしれない、長い長い戦いへの同伴のお願いだ」
僕は最低だ。全部計算ずくでやっている。星川の本性を、さも悪のように話し、感情を誘導して、このお願いにうなずかせようとしている。全く最低だ。でも僕は、この道を行く。
「浅井、一ついいか」
「何?」
浦山が、とても恐ろしい顔で僕に言う。
「おまえを手伝って、俺たちはどうなる? これが終わったら、俺たちは元の生活に戻れるのか?」
……正直、わからない。
この戦いの結末は誰にも見えない。これは正しさと正しさの戦いだ。善悪なんてつかない、一番たちの悪い。でも、僕は最低だから、こうするのが最善だと決めている。
「ああ。もちろん。約束するよ」
「……そうか……。わかった。手伝うよ。二人もそれでいいか」
うずくまっていた乃田が答える。
「私は乗る。響きがそんなことしようとしているなら、止めなきゃ」
「……私もやります。こんなの聞いて、何もしないなんておかしい」
涙を拭いて立ち上がった山部さんをみた。その目はとてもきれいだった。
ごめん。僕はその目をきっと裏切る。でも僕はこういうときに笑えてしまう人間だ。
「じゃあ、これからよろしく。みなさん」
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