第55話case2—5

翌日、朝食をいつもより早めに済ませた私は、瑠璃さんにたのんで、アインワーシュの制服を一着貸してもらった。開店準備をしているアルバイトに扮して、話を聞こうと思ったのだ。

「あ、いらっしゃい」

 ……来たか。

私は、なるべく自然な動作で、店内の奥に移動する。

「失礼します」

 東海さんの声が聞こえる。 前に一度聞いたときよりもかすれているようだ。

「どうして店中をみてるの?」

 後ろを向いている私には判別ができないが、東海さんは店を見回していたらしい。

「いえ」

 東海さんはいつもと変わらない風を装って言う。後ろを向いているからだろうか。声の情報に敏感だ。

「そう」

 瑠璃さんはそれに気づかなかったのか、こちらは普段と全く変わらない優しい声音だ。

「とりあえず、座って」

「はい」

 椅子を引く音がする。私は、店内に置かれた鏡を使って、二人の位置関係をみて、東海さんの背中側に座った。

「それで、今日はどうして相談に来たの?」

 瑠璃さんの質問の声がする。ここでの答えによっては、結構面倒なことになるかもしれない。だって、ここで答えが返らないようなら、虚偽を言うようなら、彼女は誰かに言われて、ここを調べに来たと言うことになる__たとえば、浅井とかの。

 でも、東海さんの口から漏れたのは、とても悲痛な声だった。

「実は……」

 服がすれる音と、瑠璃さんの息をのむ音がする。何が現れたのかは、想像に難くない。

「ひどい傷ね」

「ええ」

 また服のすれる音がする。

「じゃあ、前に聞いたときよりひどくなってるの?」

「はい……」

 背景は見えた。いじめがエスカレートしてきたから、一縷の望みをかけて、ここに来たのだ。

「わかった。ちょっと考えてみるから、また来てね」

 必要な情報を得たら、すぐに帰す。これがここに呼び出した人への方針だ。だから瑠璃さんは、ここで東海さんを帰すことを選んだ。私は、不自然にならないように立ち上がって、また掃除を始めた。 加害者の情報は、根岸さんの弟から集めればいい。そして被害者の被害は明確。これ以上、彼女に聞くことはない。

 なのに、私は、すこし物足りないような気分だった。もう少し、彼女の事情を聞いた方がよかったのではないか。そう思った。


 一週間たったが、私には、この事態を解決する友好的な解決策が思いつかなかった。全部まとめてきれいに終わる筋が見えなかった。 だから私は、根岸さんの案に従った。そのやり方はつまり、いじめられているシーンの激写だ。

 東海さんをいじめている一派は、大体、学校の外に呼び出していじめている。その場所はいつも同じなので、撮影は用意だった。

 私は、いじめが行われる場所を、上から見下ろせる場所に立って、カメラを構えた。すでに先に来ていた東海さんは、いじめを行う連中を待っている。

「逃げちゃえばいいのに……」

 どうしても、この状況があほらしくて、私は思わず言ってしまった。

「それができないから、君は立ち上がったんじゃないの?」

 後ろから、声がした。ここでするはずのない。でも、もしかしたらするかもしれないと思っていた彼。

 いつもと同じような不機嫌そうな顔じゃなくて、久々の再会を喜ぶ笑みを浮かべている彼。

 浅井祥。

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