第49話 case1—.fin

 粕田彼方の案件は終息した。本人のあずかり知らぬところで、私たちが終わらせた。主犯からは名誉を奪い、残党には恐怖を植え付けたはずだった。


 だからこれはただの後片付けだ。予想外のところで、予想外の人間が関わってきたからこその作業に過ぎない。


 私は車を降り、いつもの展望台に登る。


 作業と言いつつも、実はそこまでつまらなくはない。むしろ、楽しい。


 だって、そこには浅井がいたからだ。


「やあ星川。元気にしていたか?」


「ええ。というか、毎回それ聞いて思うけど、そろそろバリエーション増やしたら?」


「すまんな。交友関係が狭いから、僕の周りにはこれを許してくれる人しかいないもので」


 このいつものやりとりも、今ではそこまでしていない。


 この久々のやりとりを喜びたい気持ちでいっぱいなのだが、浅井の表情を見る限りはそうはならないようだ。


「なぜあんなことをした」


 彼らしからぬ詰問するような口調によって、ただでさえ冷え込んでいる朝の空気がさらに冷え込んだように感じた。


「どうしてだと思う?」


 この質問が本命でない。きっとこれは答え合わせの意味しかない。だから私は質問に質問で返した。


「まあ意図ぐらいはわかる。悪の殲滅。正義による完全なる勝利。それが君たちの目的だ」


「……ええ、その通りよ」


 そう。残滓すら残さず、完膚なきまでに叩きのめす。これが今回のやり方だ。


「でもそれは君らしくない」


 次の浅井の言葉にも、私は納得した。たしかに、私ならば絶対に取らない方法だ。


「もう賽は投げられてる。あとは全てが始まる前に、やるべきことを済まさないと。時間がないの」


 私の死が忘れられてしまったら、この計画の威力は半減する。あと一つ、早く済まさないといけない。でも私はここを去る気がない。これは正統な糾弾だ。私はこれを受けなければいけない。


「これは時間を理由にしていい問題じゃないよ。もっと大事な問題だ」


 そう。これは大事な問題だ。何よりも重要視されて然るべき問題だ。


 でも私は、それでもこの姿勢をとる。


「彼らは淘汰されて然るべき事をした。これは当然の報いじゃないかな?」


 浅井は少しだけ驚いた。


「……まさか、相手の事情を聞いてないのか」


「ええ。聞く必要もない」


 嘘だ。これが本当なら、私は井口さんの事件の時に、山部さんのことをあっさり叩いてる。


 浅井はため息をついた。心底嫌そうに、目を瞑って、眉間にしわを寄せて。


「まあいいのか。はそれを望んでいたと、彼自身から聞いたからな」


「彼?」


 今回の対象者の中に、破滅願望があるやつなんて一人もいなかったはず。


「そう。彼だ。深海涼介だ」


「えっ……!」


 どうして、なんで、よりにもよって、なんでいじめの首魁が、そんなことを望むんだ。


 彼はやはり心底嫌そうに話す。


「彼はあえて諸悪の根源になった。そうすることで、自分がいなくなることで瓦解するシステムを作り上げた。もちろん、あえてだ。深海涼介という人間が倒れることによって消える悪。そういうものを作ったんだよ。いつか誰かに倒してもらえるように、な。おめでとう。君たちは君たちの同志を潰したんだよ」


 聞きたくない。耳を塞ぎたい。とてもじゃないが、耳に入れたい話じゃない。


 でも、どうして?


 私たちのやり方を認めないあなたがどうして、そんな苦しそうな顔をするの?


「ねぇ、どうして?」


「決まってるだろ」


 やっぱり、彼の眉間から、しわは取れない。でも、目は開けてくれた。だから、そのとても強い意志を感じられた。


「できることなら僕は、自分の言葉で君たちを言い負かしたい。君たちは間違っているのだと証明したい。でも、これが効率的だから。目に見えた結果だから、僕はこれを伝えた。でもさ、これ、君たちと変わらないんだよ。君たちと、なんら変わりなく、ただ効率を求めている。それが、たまらなく悔しいんだよ」


 なんで、そんなことで几帳面に苦しむんだ。


 いつもの君みたいに、めんどくさそうに、でもしっかりとやってよ。


 でもそんなこと、伝えられるはずがない。


 だって私は、今の私は、彼の敵なのだから。


 道を違えた、でも同じところを目指す、悲しい悲しい敵同士なのだから。


 だから私は、何も言わず、ただ必要なことを聞いた。


「どこから嗅ぎつけたの?」


 私の問いに、浅井は淡々と話す。


「浦山の情報網を舐めるなよ。君たちのやりそうなことと合わせて考えれば、照らし合わせは効く」


 聞くべきことは聞いた。名残は尽きないし、私の本意じゃない。でも、時間がない。賽は投げられたのだから。


「そう。じゃあね」


 浅井は、何も言わなかった。


 展望台を降りて、私は車に乗る。


「彼はなんて?」


 根岸さんは顔色一つ変えずに聞いてきた。あのことを言おうかと迷ってやめた。この情報は不必要だ。


「どこからか嗅ぎつけた今回の件に関する質問をいくつかされただけです。それよりも、次の案件に取り掛かりましょう」


「……お前がそれなら、それでいいが」


 根岸さんは私たちの拠点に向かって、車を走らせた。


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