第47話 case1—8

「では、本日をもちまして、我々の教育実習は終了です! みなさま、最後までよろしくお願いしますっ!」


 朝のホームルーム前に、放送で流れた千里の声が、彼らがここにいる日々の終わりを告げた。


 戻って来た千里には、彼を惜しむ声がたくさんかけられた。大体の場合、教育実習生には、良い印象があっても、それが当人を惜しむという事態まで発展した例はない。この学校では特にそうだ。少なくとも、生徒の方から自発的に、彼への色紙を作ろうという話が出るぐらいには、千里は良い先生だった。他の教育実習生の中の何人かには、楽しい思い出がない人もいるが、千里は間違いなく楽しい思い出と共に、この学校を去るのだろう。


「あ、そうそう、梨田君。間違っても先生に二度と、スマホを取られないようにね。君が隠しているエロ画像とか色々、見られちゃうから」


「だから見てねぇよ!」


 そこで教室中が笑う。全く、最高すぎる先生だ。


 その日は、ちょっとした千里のお祭り騒ぎだった。


 一歩歩けば肩を叩かれ、さらに一歩歩けば笑いかけられ、激励でもって彼を見送る先生、悲しみでもって引き止める生徒、などなど。色々な人が彼に声をかけていた。


 教師(約一名を除く)からも、生徒からも惜しまれる教育実習生というのは、今までで初ではないだろうか。


 そして、彼を惜しむ声全てに、千里は答えて、その人たち全てと、笑顔で別れていた。


 だから、俺のクラスでもそれは同じ。一人一人と会話して、一人一人と笑顔で別れる。


 そして、俺の番が来た。


「梨野君や、元気にしとるかのう?」


「なんで唐突なおじいちゃんボイスなんですか。落ち着いてください」


「……チッ」


「どうして舌打ち!?」


 千里の意図はわからないが、最後の化かし合いは勝ちだ。


「まあ、それはそれとして」


 千里の調子が元に戻る。


「一か月、ありがとうな」


「え?」


「お前のおかげもあるんだからな。この一か月、楽しく過ごせたのは」


 ニッコリ笑う千里。


 ……なんだよそれ。このタイミングでそれかよ。


 音楽の授業に端を発した、千里のオリジナル授業は、みんなやる気を出していた。が、それだけではやはり取り扱っている内容があれなので、少し足りなかった。


 そこで俺は、先回りの予習をすることにより、適度なタイミングで、流れをそらさない

 ボケをすることにより、場を保たせていた。


 他にも、なんだかんだでサポートする場面が多かったのは事実だが、それだけだ。それだけなのに。


「そんなこと言われる筋合い、ないですよ」


 少し、涙ぐんでしまった。


 千里はやはりニッコリ笑うと、


「最後の化かし合い、俺の勝ちだな」


 と、勝利宣言をしてしまった。


 全く……これもそうなのかよ


「じゃあ、元気で」


「はい、先生も」


 千里はそのやり取りを最後に、次の生徒に向かった。


 ホント、完璧だな。


 俺たちは最後に集合写真を撮って、解散した。


 ———その日の夜のことだった。


 俺のスマホが着信を告げた。


「フランスパン様。今回もコードを贈らせていただきます」


 またしてもいつものパトロンのメールか。


 ありがたくコードを受け取ろうとして、気づいた。


 今回はコードがファイルに入れられている。


 なんだ、これ。


 しかし、そんな思考が頭をよぎったのは、ほんの一瞬だった。


 まあいいでしょ。いつもくれてるし。


 俺は軽い気持ちで、ファイルを開けた。


 中にはいつも通り、コードが入っているだけで、特に何もなかった。


「よし、今日も動画配信しますかね!」


 そうして、気持ちを新たに、俺は今日の動画配信をはじめた——自分が、知らず知らずのうちに、地雷を踏んでいたと気づかずに。

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