第46話 case1—7

「粕田ネタの提供」


 翌日、そういう題のメールが来たのは、特になんの伏線を張ったわけでもないのに、いつもの場所にいた時だった。


 特に収穫も無さそうだし、鮮度が命の情報屋を営む以上、常に新しいものが必要だ。


 俺はその提供を受け入れ、了承の旨を伝えた。


「場所は体育館裏にて」


 それだけの、簡素なメールが来た。深海は仕事と私用をしっかり分けるタイプらしく、メールは全部簡素だ。


 あるいは、他に理由があるのだろうか。まあ、そこはあまり気にしない。あくまで俺たちは、ウィンウィンの関係にあるのだから、不利益にならない限りは、互いに関しては詮索しないのがマナーだろう。


 俺は、指定された場所に赴いた。


「遅かったな」


 撮影者に過ぎない俺に声をかけてくるのは、の深海ぐらいしかいない。後のやつらは、目の前の獲物に意識を取られている。まさに飢えた肉食獣だ。


 俺は獲物、つまり粕田をみる。この会が始まるまえ、つまり、粕田へのが執拗になるまでは、まだ睨みつけてくるだけの気概があったが、それもなくなって久しい。いまでは、深海たちのサンドバッグであり、俺のネタ元でしかない。


 深海がうずくまっている粕田に、いつもの口上を述べる。


「さあカス田、質問だ。貴様はカンニングをしたことがあるな」


「……はい」


「他にも数多の罪を犯したな」


「……はい」


「では、我々に裁かれても仕方ないな」


「……はい」


「よろしい。では、禊を始める」


 その言葉を合図にして、先ほどまで無言を貫いていた連中が、一斉に動き出した。


 狙う箇所は腹など、傷が残りにくいところ。たとえ露見しても、逃げ切れるところだけ。


 口上もかなり考えられていて、粕田の中に、「自分が悪いんだ」という認識を植え付けるとともに、他の連中の罪悪感を削いでいる。全く、頭の回るやつだ。深海は。


 そして、この光景をカメラを通して見ることで、「自分より下のやつがいる」と、自分の劣等感を慰めているやつはかなりいる。決して声には出さないが、心の中では笑っている。裏サイトのコメント欄が良い例だ。


 だから、鮮度が命の情報屋であっても、このネタは不動の地位を築いている。


 殴る蹴る、水をかけられる。そんなことが五分ほど続き、その日の禊は終わった。


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