第37話 私はバカだ。
「まずあり得ない点は、君が自身の目的、つまり死んだふりをするために人を一人死なせていることだよ。普通に考えて、単なる一般人が、唐突に自殺をするとは考えにくい。君がどうやってその人を見つけたのかはわからないけど、その人は、自殺したかった理由があると考えた方が道理が通る。でもそれだったらおかしいんだよ」
「何がよ」
「そんなのは、星川響のすることじゃない」
浅井は、そんなことはわかりきっていることだ。と言いたいみたいに、はっきり断言した。
「君なら、必ずその人を助ける。助けるための努力をする。そうだろ?」
浅井は、私をまっすぐみてきた。かつての私のように。それを見ていられなくて私は目をそらした。それでも反論は続ける。
「全部演技だったのかもよ?」
「君は家族に対しても演技をしていたのか。学校では誰よりも君の近くにいた、君に対する印象は、君のお兄さんが抱いていたものと相違ないみたいだよ」
いつの間に私の家族に接触したのだろうとふと考えるが、つい先ほど葬式に出たと聞いたのでおそらくそこだろう。兄さんめ、余計なことを。
浅井は続ける。
「それにまだ他の点でも反証材料はある。君は山部さんに『浅井に伝言しろ』としか言っていないんじゃないのか? おかげで山部さんから君の様子を聞けたよ。マネキンの話をしたら顔色が変わった。つまり君はそのことを知らなかったんだよ。やったのは別の誰かだ。きっと君に死んだふりをさせる計画を立てたのはそいつだろうね」
「……どうして、私の単独犯でないと言い切れるの」
「簡単さ。山部さんだよ。仮に君一人の犯行とすると、そこがちぐはぐだ。自分の計画のために人一人殺しているに等しいのに、メッセンジャーの役割が済んだ山部さんを始末していない。君が何をしたいのかは知らないけど、真実を知る人は少ない方がいい。君が積極的に知らせたがった僕は別にしても、思惑の外で、勝手に真実に気付きそうな山部さんは始末するべきだ」
言葉が出ない。どうしてそんなところを結び付けられるんだ。どう考えても、私が、浅井の信じたような人ではないとわかった時に、他の可能性なんて見えなくなると思ったのに。
裏切られた方は気持ちを痛いほど知っている。だからこそ思いついた作戦だったのに。
言葉が出ないうちに、浅井は次の言葉を紡ぐ。
「となると次は、マネキンを壊したのは誰か、だ。でもこれは案外難しかったよ。でも解けたんだ。君のおかげでね」
「どういう意味よ」
「君はマネキンの事件を僕に伝えるために、メッセンジャーをもう一人用意した。そいつは部活のことなんて全然気にしてない風だったのに、なぜかマネキンのことを口にした。メッセンジャーの容疑がかかるのは自然だ。彼の名前は根岸辰平。僕らの一年後輩で、僕が演劇部に聞き取りに行った翌日から休んでいる」
「じゃあ本人には聞けないわね。あなたの知り合いに、根岸って人でもいたの?」
浅井は首を横にふる。
「いいや、知り合いどころか、学校中探しても、根岸性の人はいなかった」
「なら……」
「でも血縁者はいた」
何?
「根岸君と会話していてね、妙に似ているなとおもったんだよ———津山先生にね」
それは私も感じことのある思いだった。しかし、それはない。
「あの二人の苗字違うじゃない。どんな血縁よ、それ」
私がそう言うと、浅井は心底驚いた顔をした。また言葉を失うだろうとでも考えていたのだろうか。しかし、その変化は一瞬で、すぐに解説が始まった。
「津山先生には、結婚して、苗字を変えたお兄さんがいたんだ。根岸君とあまりに似ていたから、ダメもとで聞いてみたんだ。そしたら大当たり。そのお兄さんの息子だったんだ。そして、僕は『お兄さんは児童養護施設に関わっていたことがありますか』って聞いてみた。答えはイエス。お兄さんは『葉光園』でアルバイトをしていた経験がある。きっと根岸くんは、きっとお兄さんの傀儡なんだね。マネキンを壊したのは彼だ。お兄さんと君の関係はわからないけど、君と彼の思惑は完全には一致していないように思える。じゃなきゃ君はこんなやり方で僕に真実を伝えようとしない。根岸君はそこまでわからなかったんだろうね。君の指示も同一視して従った。ここまで反論ある?」
沈黙を、答えにした。あまりに見てきたかのように的を射ているから、何も言わない。でも、疑問はある。
どうして彼は、私が印象操作をしたがっていると気づいたのか。
「ねぇ、どうして?」
浅井はため息をつくと、ゆっくりと指を立てながら話した。
「いいかい? 星川響という人間を考えるにあたって、今回の件は二つの解がある。一つは、君の用意した、『星川響は正義の味方なんかじゃなく、ただの卑劣な悪人』という解。でもこれは、今までの話と矛盾する。これは君が意図して作った解だ。つまり、君は僕の知っている星川響である故に、僕が星川に失望して、君から離れるのを望んだんだろ? 僕を巻き込まないために」
彼は、浅井はどこまで知っていたんだ。どこからが推測なんだ。そう思わせるぐらいに、彼の話は真実を述べていた。
浅井祥は、とても優秀で、それに無自覚で、なにより、私を信じてくれている。そう思うと、泣きたくなった。
ああ、私はバカだ。そんなことを、わかりきっていたのに、私は考えてしまった。
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