第35話 あとは全部、貴方の役割。
「つまり君は、覚悟を決めきれなかったの?」
翌日、演劇部の部室で、僕は山部さんの回答を聞いた。
「私は、部活の雰囲気を変えたい。でも……」
「そのために誰かを切り捨てることはできないと」
山部さんは、弱々しく頷いた。
僕は呆れた風にため息をついた。が、これはポーズに過ぎない。
今まで何もできなかった人が、現実を突きつけられた程度で変わるとは考えにくい。
それなのに山部さんに決断を迫ってしまったのは、星川との間合いに慣れていたからだろう。でも、予測できていないわけではない。
「無気力系部員たちが退部になっていないのはなんでだ?」
「……行事は手伝うから?」
「そう。目立つところで貢献すれば、そこまで集中放火を浴びることもない。それに、自分から退部していないのだから、何かしらの価値を見出しているんだよ」
「つまり貴方は、行事を作ればいいって言いたいの?」
僕は頷く。
「行事を作れば、きっと彼らも手伝うし、次にもつながる。新入部員も来るかもしれない」
嘘だ。現実はそこまで簡単ではない。
新入部員を狩るならば、間違いなく学期始まりが最適だが、それはまだ先。そんな先のことにやる気を出してくれるかは、わからない。それでも、先に進めるため、今だけは、甘美な言葉と、自信に満ちた仮面を使うと決めた。
数分、時間が経っただろうか。
「わかった」
山部さんから了承の言葉が出た。
「ありがと、浅井」
「どういたしまして」
「それじゃあ、私はこれで」
「待て」
僕は部屋を出ようとする山部さんを呼び止める。
仮面を被った演技は終わりだ。ここからは、本音でぶつかる。そんな風に心の中で唱えて、僕は質問をした。
「マネキンのことを隠していたのはなんで?」
山部さんの顔が凍りつき、第二幕が上がる。
「なんのこと?」
「とぼけるな。聞き取りの時に聞いてる。なんなら録音もある」
録音はハッタリだが、山部さんにそれを確かめるすべはない。黙っているところを見ると、ハッタリは効いているようだ。
「犯人は捕まえたのか?」
「……いいえ」
最短ルートはない、か。まあいい、次の高原だ。そう思って、口を開こうとした。
「星川の予定通りに進んだわね」
え?
思考がフリーズする。
「マネキンが壊れ始めた時、私は星川に相談した。最初は普通に聞いていたのよ。なのに、『マネキンの顔が潰されている』話をすると、態度が変わって、『浅井には言わないで』って。だから貴方は知らなかった。星川が死んだその日、私の下駄箱に手紙が入ってた。内容はその後の行動について。貴方に部活の件を依頼して、マネキンのことに気づいたら、伝言してって頼まれた」
山部さんは息を吸い込むと、僕をまっすぐ見据えた。
「朝五時、明原展望台に来て」
私の仕事はこれで終わり、あとは全部、貴方の役割。
そう言い残して、山部さんは消えた。
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