第33話 気は済んだか?
星川の葬儀には、僕と津山先生が出席した。この街にある唯一の寺で営まれ、たくさんの人が訪れていた。中には年の小さな子供も混じっていた。『葉光園』からの参列者だろう。
親族の列席を見てみると、なんとか気張っているように見える、父親とおぼしき男性と、泣き腫らした様子がうかがえる、この前星川の家を訪れた時に見た女性。つまりは彼女の母親。そして、それに寄り添う、大学生ぐらいに見える男性。星川の兄か。だが、家族の誰もが、星川が養子だったなんて風には見せない。本当の家族のように悲しんでいる。いずれにせよ、それだけならばなんの変哲も無い葬式だ。しかし、ある一点が、僕に不信感を植えつけていた。
通夜が営まれなかったのだ。連絡が来ていないので、近親者だけで済ましたのかもしれないが、僕の知る限り営まれていない。
宗教上の理由からか、僕に知識がないからかだったらなんでもないが、妙な引っかかりを残していた。
驚くことは他もあった。
学校に来ていない乃田が参列していたのだ。
「おい、大丈夫なのかよ」
一通り終わって、時間ができたタイミングで、険しい表情をする彼女に、体調を心配する意味も込めて、そう聞いてみたら、乃田はそれには答えず、僕の右手を掴んできた。
彼女はそのまま、僕をどこか、寺の中を、奥の方へ引っ張って行く。
「おい!」
いい加減意図が知りたくて、声をあげた。
「どこに連れてくんだよ!」
乃田は振り返って、
「会わせたい人がいるのよ」
そう言って、前を指差した。
そこには、一人の男性が、石段に腰掛けていた。
「遅いじゃないか」
「佑樹さんこそ、葬儀を抜け出して大丈夫なんですか?」
「逆だよ逆、親が息がつまるだろうし外に出ろってな。で、そいつか?」
「はい。では私はこれで」
なんとも身勝手な案内人は、僕に手を振るその去り際も唐突だった。
ため息をつくしかない。
「おいどうした? 初対面でため息なんて」
「初対面とはいえないでしょ、僕らは」
その人は、笑いながら石段から立ち上がった。
「違いない。どちらも違いを認識していないがな」
一度は先程、葬儀の時、さらに前はあの日、ファストフード店で。
この人は、星川の隣にいた。
「じゃあ改めて自己紹介だ。俺の名前は星川佑樹。響の兄だ」
「では僕も自己紹介を」
そう言ったら佑樹さんに手で制された。
「浅井くんだろ? 響から聞いてるよ」
「あいつが、僕の話を?」
驚いた。僕は話題に上がるほど、興味深い人物だったのか。
「ああ、毎日、楽しそうにな。妹に代わって礼をさせてもらう」
佑樹さんは頭を下げてきた。
何かしら言って繋ぐ気だったのに、声が出ない。
そこまで、思ってくれてるなら、
死んでしまうことないじゃないか。
そんな風に考えてしまって、僕は黙ってしまった。佑樹さんも黙っていた。
沈黙は、いけない。僕は息を吸って、佑樹さんに話しかけようとした。すると、それを合図にするかのように、
「気は済んだか?」
と聞かれた。
「え?」
佑樹さんは僕のほおを指差した。
「それ、拭けよ」
右手でそれを拭うと、そこには水滴が付いていた。
「雨でも降ったんですかね?」
「違いない」
そのあと、僕らは少しだけ笑った。そして理解した。
きっと星川があそこまで純粋だったのは、こういう人たちに囲まれていたからだなと。僕も今だけは、その優しさに甘えることにした。
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