第二幕 彼女を追いかけて

第29話 なんか、急にスケール落ちたな

 僕——浅井祥が記録をしていたペン先の動きが止まったころには、もう夜が明けていた。


 時間を確認するともう六時だった。四時ぐらいから書き始めたこの記録も、ついに終わりまで来た。もっとも、途中から記録を書くのが楽しくて、どこか小説然としたところがある。そこは反省しなければいけないな。そんな風に、僕は自己反省していた。


 でも、嘘を書いたわけではないので、特に気にしてはいない。ただし、書かなかったことはある。


 あの日、星川の死が伝えられた日、僕は倒れてしまったようだ。ようだ、というのは、その事を聞いた次の瞬間には、目の前が真っ暗になっていて、目が覚めたら保健室だったからだ。


「大丈夫?」


 なぜかは知らないけど、側には山部さんがいた。


「どうしてこんなとこいるのさ」


 山部さんは胸を張る。


「私、保健委員なのよ」


「ああ、なるほどね」


 胸を張るような事じゃない気がするが、つっこむところじゃない。


「みんなはどう?」


「比較的普通の反応をしてた。でも、すぐ後にあなたが倒れたから大混乱。収めるのに一苦労よ」


「僕にそれほどの価値があるなんて驚きだよ」


 彼、彼女らが興味があるのは、星川の死の直前に、彼女の身に何が起きていたのかだろう。山部さんもきっとそうなんだろう。僕はそう考えていた。


 でも山部さんは、真剣そのものという表情で、僕に言った。


「あなたには価値がある。私が保証する」


 驚いた。山部さんは間違い無く、星川に興味を持つ人だと思っていた。


「ありがとう」


 でも驚いたことはもう一つある。


「あのさ」


「何?」


「顔近いんだけど」


 真剣な顔なのはいいが、なんだって前傾姿勢で顔を近づけてくるんだ。


 山部さんはわざとやっているんだろうと思っていたが、無意識だったのか、頰を少し赤らめた。もしかしたら、そこまで計算なのかもしれない。


「ねぇ」


 お互い黙ってしまってから、しばらくして、山部さんが口を開いた。やっぱりなんかあったか。


 仕方ない。聞いてやろう。


「何?」


 このくだりだと、また面倒ごとに巻き込まれそうだ。


 僕の予感は的中し、山部さんはがそのあと話し始めたのは、ある意味、最大級の面倒くささを孕んだものだった。


「ねえ浅井、私が演劇部なのは知ってる?」


「ああ。一応」


「じゃあ、演劇部の部員が今、枯渇気味なのは?」


「……知らない」


話の筋が見えた。ある意味どうしようも無くて、ため息が出そうだ。



山部さんは、こちらをまっすぐ見つめ、やけにはっきりした声で言った。


「演劇部の部員獲得に、協力してください!」


「マジか」


「マジです」


はぁ……。

なんか、急にスケール落ちたな。

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