第28話 彼女の救いはどこにある?
思わず口があんぐりと開いてしまい、「そんなに驚かなくても」と言われるまで、僕は放心していた。
「体調は?」
「問題ないわよ」
「体調不良って聞いたけど?」
「嘘ではないよ。心因性ないろいろなだけで。今は大丈夫だから」
「なら良かった」
本当はそんなことは思っていない。心因性という言葉を聞いて、僕は自分の無力さを痛感していた。
「どうしたの?唇噛んでるけど」
「……なんでもない」
最近は色々なものが表情に出てしまい困る。
「まあ、立ち話もなんだし、上がりなよ」
そう言って星川は、手招きをしてきた。
断る理由は特にはないから、「お邪魔します」と言って、中に入った。
でも、星川に伝えるべき言葉は、まだ見つからない。
僕が通されたのは、星川邸の応接間にあたる部屋だった。
なんとなく気後れして、
「別にそんな大層な用事じゃないよ」
とは言ってみたが、これはこれで貴重な体験だ。アンティーク調の椅子に座り、いかにも高そうなカップに入っている、上等な紅茶を友達の家で飲む機会なんて、それほどない。
「体調悪くないなら、どうして休んでたの?」
なんとなく察してはいたけれど、僕はあえて聞いた。答えのわかる質問を織り交ぜるのが会話のコツだとどこかで聞いたことがある。
「まあ、最初はね、井口さんが倒れたことがショックで、ちょっと頭が真っ白になってね、明確な理由はないんだけど、そんな感じ」
「そうか」
きっとその理由づけできない部分は、
「どうしたのよ、そんなこと聞くなんて」
「……なんで気になる?」
疑問に疑問で返すのはあまり好きではないが、これは仕方ない。星川は僕の疑問に、すこしだけ微笑みながら答えた。
「だって、以前のあなたなら、自分の周りが平和なら良かったじゃないの。私という不穏分子が消えて、学校は安泰のはずでしょ?私のことを気にかける理由がないじゃない」
ああ、なるほど。そういうことか。
思わず笑ってしまった。
「……確かに、以前の僕ならそうだっただろうね」
星川と会った頃の僕は、自分が無力なのだと、とっくの昔に知っていた。だからこそ何もしなかった。自分にはなんの力もないのだから、関わるだけ無駄。最低限、自分の周りには気を遣っていたが、それだけだ。
でも、そんな風だから、何も気づかなかったんだ。そんな風だから、友達も無くす。
でも、
「でも、君のおかげで僕は変わった。ほんの少しだけど、変わることができたんだ」
たとえ無力でも、何もできなかったとしても、何かができると信じて、手を伸ばすその勇気を。純粋な正しさを知ったから。
不意に、井口さんの言葉を思い出した。
「あなたたちは潔癖すぎるんです」
そう。僕はともかくとして、星川は潔癖だ。完全な救いを求めるし、そのために妥協しない。
だからこそ、とても無自覚に、色々な人を救える。井口さんに一抹の希望を与えたように、僕を変えたように。
でも、そんな彼女の救いはどこにある?
純粋な、正義の味方みたいなこの星川響という人間は、ただの中学三年の女の子だ。
潔癖なまでの正義を背負うには、まだ早い。
だから、彼女の救いにはなれなくても、せめて隣にいたい。そんなことを考えてしまった。
「なあ星川、またみんなでワイワイやろう。たまにいざこざがあったら解決して、失敗したらみんなで悩んで、でも立ち直ってさ」
言葉がまとまらない。でも話し続けた。
「次の休みには乃田や浦山、井口さんも呼んでみんなでどっかに行こう。少し内陸に行けばキャンプ場がある。確か浦山が道具を持っていたはずだから、調達はきっと楽だよ。それからさ……」
「浅井、もういいよ」
そう言われなければ思いつく限り話していただろう。
星川は笑うのをこらえていたようで、口に手をやっている。
「わかった。うん。もう大丈夫だからさ。今日は帰って」
どうやら持ち直したみたいだ。僕はニコリと笑って、
「良かったよ」
明日からはきっとまた星川に会える。そう思っていた。
なのに、それなのに、君は僕らの前から姿を消した。
翌朝、ホームルームで、星川の死が伝えられた。
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