第27話 伝えたい言葉がある
「では失礼します」
井口さんに手を振られ、三野さんに頭を下げられて、僕は井口さんの病室をでた。
その帰り道に、僕はずっと考えた。
僕は星川に何を伝えるべきなのかと。
もやもやして、何もまとまっちゃいない。でも、何かを伝えたい。そう思って、僕は星川の家へ向かおうと決意した。
『響の家の場所?』
星川に家の場所を聞いたことはなかった。自分の周りのやつを考えて、知っている可能性が一番高かったのが乃田だった。
『どうしてそんなこと知りたいのよ?』
どうして、と言われると、言葉に窮する。伝えたい言葉があるんだと言おうとしたけれど、その伝えるべき言葉は、見つけた気がするのに、内容が全くわからない。
何かを伝えたい。でも、何を伝えるべきなのかはわからない。
だから僕はこう言った。
「伝えたい言葉があると思うんだ。まだまとまってもいないけど、何かを伝えなきゃいけないんだ」
乃田はふーんと言いながら、僕に星川の家の場所を教えてくれた。
星川の家は、案外僕の家の近くにあって、病院からの帰り道の途中にあった。
星川の家は、井川邸とは違い、庭の広さはそこまでではなかった。だが、夕日に照らされたそれは、西洋風の屋敷という名前が相応しい、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「こんな用事で来るなんてな……」
せめてもう少し平和な話題でここに来たかった。
庭へ入る門扉は開いていて、玄関にライオンを象った、精巧な作りのノッカーがついていたが、流石に装飾品だろう。
横の柱にインターフォンがついていたので、僕はそれを鳴らした。
ブーという鈍い音がしてしばらくして、インターフォンの中から声がした。
『はい?』
女性の声だ。母親だろう。 井口家には家政婦がいたが、その時、そこまではしていないと聞いた。
「こんばんは。三月学園の浅井といいます。響さんと一緒に、学級委員をしているものです」
『ああ、葵ちゃんから聞いてます。少し待ってくださいね』
葵ということは乃田か。根回しまで済ましているとは、有能なやつだ。
インターフォンの向こうの相手は、口調から察するに母親だろう。かなり砕けた口調だった。
だからしばらくしてから、星川の母親と顔を合わせることになると思っていた。
しかし、五分ほどしても扉は開かず、おかしいなと少し思い出した。
でも、その不信感はすぐに驚きに上書きされた。
扉が開いたとき、僕は直前まで自分が浮かべていたであろう怪訝げな表情を、人当たりの良さそうな学級委員の顔に変えている最中だった。
その表情の意図的変更に意味はなく、すぐに崩れたが。
「やあ浅井。元気にしてた?」
そこには、いつもと変わらない姿で、いつもと変わらない笑みを浮かべている星川がいた。
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