第25話 涙を流す前に、まず行動だ。

「ちょっと、浅井さん、それは……!」


 さっきまでイスに座っていた三野さんが立ち上がりかけた。無理もない。自分でもわかるほど、あまりに不躾ぶしつけだ。


 でも三野さんは、井口さんに手で制されて、またイスに座った。


 井口さんがこちらを向く。その目は憔悴しきった人の目をしていた。


「どうしてそんなことを聞くの?」


「……質問に質問で返して悪いけどさ、どうして気になるんだ?」


 井川さんは弱々しい笑みを見せた。


「もしかしたらね、質問の答えとして、私は言いたくなかったことを言わなければいけないかもしれないから。せめて理由ぐらいは知りたいのよ」


 それを聞いて、僕は目を瞑り、考える。


 自分でも、どうして躍起になっているのか、どうしてここまで、感情的になっているのかわからない。


 でもふと、ほんの少し考えただけで、わかった気がした。


「星川が学校に来ていないんだ。多分その理由は、井口さんが倒れたからだと思う」


 口に手を当て、絶句する井口さん。三野さんも目を見開いている。


 分かれよ、とすら思ってしまった。


 あの純粋な正義の味方みたいな星川が、百人助けを求めている人がいたら、百人助けなければ良しとしないような彼女が。


 一つ一つの失敗を、悔やまないわけがないだろう?


 でも、あんなに強くて、気高い、星川響という人間は、単なる中学三年の女の子だ。


 現実には難しい願いを背負って戦わなくてもいい年齢だ。


「でも僕はさ、星川にはまだ倒れて欲しくないんだよ」


 あの輝きに魅せられて、変わってしまった一人として、彼女の助けになりたい。


「だから僕は、星川の救いになる言葉をさがしている」


 眺めることしかできなくても、せめて自分の見える範囲の人は、幸せであって欲しい。それが僕の考え方だ。


 だから僕は、そのためにできることをする。


 涙を流す前に、まず行動だ。


「だから……お願いします。話を聞かせてください」


 僕は腰を折り、頭を下げた。これが僕にできる精一杯だ。


 僕が頭を下げていたのは、ほんの三十秒ほど。でも、人生で一番長い三十秒だと思った。


「分かった」


 井口さんがそう言って、その三十秒は終わった。


「私だって、星川さんが倒れるのは嫌だもの。あの子にはまだ、輝いていてもらいたい。だから話す。せめてあの子の助けになるように」


 そう言う井口さんの目には、少しだけ光が戻っていた。

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