第22話 敗戦処理
まさに危惧したことが起こっていた。
山部さんの話を聞きおとした僕らが悪い。
なぜ井口さんが手首を切ったのか。
あまりに古典的なその罠に気づかなかった僕らが結局悪いのだ。
僕らが最初に井口邸に足を運んだ時に渡した寄せ書き。どう考えてもあれしかない。
二人が病院に運ばれた後、僕は三野さんに、寄せ書きに河野が何を書いたのかを見せてもらった。
「またいっしょに勉強しようね!河野春」
当たり障りないものに見える。実際、三野さんもそれを見て、特には何もないと判断して、井口さんに見せた。でも、それが間違いだった。
僕はその寄せ書きを、光の当たらないところに持っていった。すると……
メッセージの『し』と『ね』が、鮮やかに浮かび上がった。
他の連中にしても同じで、やはり彼女を侮蔑する言葉が書かれていた。
いじめの範疇としては、まだマシな方だ。でも、精神的に追い詰められていた井口さんは、深刻なダメージを負ったに違いない。
どうして母親と一緒に手首を切ったのかはわからない。死ぬときは一緒にという感覚だったのだろうか。
でも、僕にはそこは重要じゃない。この一件で深刻なダメージを負った人間が、もう一人いることが問題だ。
翌日の学校。当事者たち以外からは、全てが僕らの考えたようにいったかに見える教室には、星川の姿はなかった。
津山先生からは「体調不良だ」とだけ説明されていた。実際には、昨日の一件が効いているんだろう。
でも、僕に何ができる?
傍観していただけの僕が、星川に何ができるというんだ。
結局その日の学校で、僕は誰とも話さなかった。家にまさかの来客がなければ、誰とも話さなかったんじゃないかとすら思った。
家に浦山さえ来ていなければ。
ダイニングのテーブルには、すでにオレンジジュースの入ったグラスが二つある。母親は早々に退散しているようだ。
お互いテーブルについたものの、気まずくて、話すに話せない。
でも、なんのことを話したいのかはわかる。
だから僕は、先手を打った。
「星川の事か?」
そう聞くと、浦山は頷いた。
「葵がこの前言ったことと、関係あるのかな」
「あるわけないだろ」
僕はそう言うが、実際はわからない。
この前、鍵屋の捜索をしている時に、乃田は僕らに対してある話をした。
星川響の、過去について。
僕が捜索に使うと踏んだのは三日間だ。そのうち、鍵屋の捜索に使えたのは二日しかない。
それは、初日は浦山と乃田の説得に使う気だったからだ。実際、浦山の説得にはかなりの時間を要した。今にしてみれば順序を間違えたのだろう、という自覚がある。まず乃田から行くべきだった。浦山が提示した条件は、乃田の意思を聞くこと。僕らはそのために、乃田の家に向かった。
説得自体はすぐに終わると思っていた。乃田は星川の味方のようだったから。だからその後は鍵屋の捜索に使えると思っていたのだ。
でも彼女は、思ってもみないことを話し始めた。
「私がなぜ響に協力していたか、わかる?」
こちらの話を聞くと、なんの前触れもなく乃田は話し始めた。意図は読めない。でも、下手を打つと、協力が得られない可能性があったから、僕はわからないと答え、その話に乗った。
「それは、響の過去に、関係がある。そして私は、今からそれを話す」
星川の過去。
養子である彼女が、そうなった理由。
気にならないわけがない。
でも、
「どうして今なんだ?」
僕の質問に、乃田ははぐらかすように笑った。
「特に理由はないの。ただ、知ってもいいと思っただけ」
聞きたい? そう聞く乃田の笑みは、どこか悲しげに見えた。
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