第21話 幕は下り、また幕が上がる

 昨日は本当に自分らしくないことをしたと、僕は思う。どうしてそんなことをしたのかはわからない。ただ、目の前のこれを見たら、まあありかとも思う。

 

 いつもの喧騒がやんだのは、山部さんに向けられた河野の絶叫のせいだった。


「ちょっと!どういうこと!」


「どういうことって何が?」


 山部さんは表情一つ変えずに言う。内心がどうだかは知らないけど、演劇部は伊達じゃないようだ。


「惚けないで! あの音声は何!」


 激昂する河野を、山部さんは黙って見ている。いま教室の注目は二人に集まっているし、こんな状況で口を開き、女王様のご機嫌をさらに損ねるバカはいない。


 河野の機嫌が悪い理由は僕らにある。昨日僕らは河野の機嫌をめちゃくちゃ損ねる行動をした。山部さんはよく決断してくれたと思う。


 一応、音声は加工したけど、公開したのは山部さんの独白。内容は事件の一部始終だ。


 もちろん、誰の名前も出してはいない。反応したやつはそれがなんだかわかる人間だ。


 このプランを考えたのは僕だ。一応、山部さんが味方にならなかったパターンのプランも立ててあったけど、それは杞憂だった。


 だから、河野の隙を作ったのは僕とも言える。


 でも、それを突くのは僕の仕事ではない。


「ねぇ河野さん。私気づいたんだけど、それがわかるって事は、あの音声で言われている黒幕って、あなたなの?」


 表舞台には、やはり星川が相応しい。


「はあっ? 何言ってるの?私は、こいつがいいがかりをつけてきたから……」


「いいがかりもなにも、あれが誰だかはわからないはずよ。音声も加工されていたし」


「それが何!? 私がこいつと言ったらこいつなのよ!!」


 もう会話が成立していない。一方は怒りに身を任せていて、もう一方は冷静に話しているから。


「そう……」


 星川は、これ以上の会話に意味はないと判断したからか、僕に目で合図をしてきた。


 予想より早いが、まあいいだろう。


 僕は廊下に出て、に教室に入ってもらった。


「河野、今の話は聞かせてもらった」


 引き戸を開けて、教室に入って来たのは、津山先生だった。


「あら先生、何のことでしょう?」


 瞬時に顔を変える河野。こちらもなかなかの役者だが、意味はない。


 津山先生は、手に隠していたそれを、ゆっくりと掲げた。


「今の話は、全てボイスレコーダーで録音してある。今回ばかりは逃げ場はない」


 一瞬、河野さんの顔がひきつる。しかし、すぐに余裕の笑みに変わる


「先生、それをやったらどうなるか、わかります? 意味はありませんよ」


 津山先生は、興味なさげに吐き捨てた。


「流石に二つも物証があれば、動かざるを得ないだろ。中にはタバコの話もある。この学校は、お前もご存知の通り不祥事を嫌うからな。警察のご厄介にはならないだろうさ。でも、なんらかの処分は下るだろうな。これを警察に持っていくと脅せば、そのぐらいは簡単だ」


 先生は、冷酷に真実を告げた。


 敗色濃厚の河野は恐ろしい形相を浮かべて、僕らを睨んできた。反省している様子はなく、教室を出て行った。よく捨て台詞が出なかったなと思うぐらいの去りっぷりである。


 この後、河野さんには停学処分が下った。でも、戻ってきても前のような事はしないだろう。彼女がいなくなって空いた女王の座には、山部さんがついて、乃田の方針を継承したから。でも、そこは重要ではない。


 疑いが晴れたから、井口さんの停学処分に意味はない。僕らは結果報告のために、その週の日曜日に、井口邸に向かった。


 ———ピンポーン


「はい」


 インターフォンからは、家政婦の三野さんの声がする。


「ご無沙汰してます。浅井です」


 僕が名乗ると、柵の向こうの家のドアが開き、三野さんが現れた。


「お待ちしておりました。どうぞ中へ」


 あの日と同じように、リビングらしき部屋に通された僕ら。


「真姫様をお呼びしてきます」


 三野さんは、恭しく一礼をすると、二階に消えていった。


「ねぇ浅井」


 不意に、隣に座る星川が呼んできた。


「なんだ?」


 見ると星川は顔をうつ向けている。


「その……ありがとう」


「どうした? らしくない」


 僕が冗談めかして笑うと、星川は真剣そのものな目を向けてきた。


「私だけだったら、ここまで来る事はできなかった。間違いなくあなたのおかげ」


「それはないよ。君の力さ……そういえば、前にもこんな会話しなかった?」


「そうね」


 どちらからというわけでもなく、僕らは二人して笑った。


 その時、


「奥様、お開け下さい。奥様?」


 三野さんの声に、不安げな色が混じっている。


 僕らは二階に上がった。


「三野さん?どうしました?」


「浅川様……実は、真姫様がお部屋にいらっしゃらないのです。あとは奥様の部屋しか……」


 それを聞いて、急に僕に悪寒が走った。


 なんだ? 何を見落とした?


 その時、僕はある発言にたどり着いた。


 ——オバさんを学校から離せばいいんだ!そうすれば星川にはバレない!


 。そうするために、河野は山部さんを使い、井口さんを叩き落とした。


 まさか……


「三野さん! ドアを蹴破ってください!」


 突然声を荒げた僕に、一瞬引いた三野さんだったが、すぐにドアから距離をとり、見事な回し蹴りを決めた。前からアクティブな方とは思っていたけど、そこに突っ込む時間はない。


 僕らは部屋に入った。後ろで星川が息を飲むのが聞こえた。僕だって、こんなのを望んでいたわけじゃない。


 そこには、手首を切った井口さんと、その母親がいた。

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