第20話 モノローグ.1
後ろから、手を叩く音がする。
「これで任務完了ね。山部さんを突き出せば終わり」
星川がもう終わりとばかりに 話す。でも、私の目の前にいる浅井は、首を横に振る。
「事態はそこまで単純じゃない」
「なんでよ」
「だって、山部さんには動機がないから」
浅井はそんなことを飄々と言う。でもそこは一番大事じゃないのか?
「実はそこを山部さんに突かれたら、実はどうしようもなかったんだよね」
なんだそれは。
「さっきの自白、取り消せない?」
「無理に決まってるでしょ」
浅井は呆れた風に言って、少しだけ笑う。
「別にさ、僕たちも無慈悲に叩く戦闘狂じゃない。ちゃんと事情は聞く」
浅井はまだ笑っていたけど、目はとても真摯で、それはとても、星川に似ていた。
「だからさ、喋っちゃいなよ。全部さ」
浅井にそう言われて、彼は非情に見えて、案外優しいのかもしれない、そう思った。
「長い話よ」
————————————————————
「涼ちゃん、またね!」
幼き日の私には、その声が全てだった。
幼稚園の頃、隣に引っ越してきたその子は、私の組に入って来た。
「河野春です!よろしくお願いします!」
みんなに分け隔てなく話すいい子で、とりわけ、隣に住む私は、一番一緒に過ごす時間が長かったと思う。
その時、特に友達もいなくて、地味だった私の、あまりに平坦な日常が変わった。
毎日彼女と一緒にいて、幸せだった。初めての友達だったから。
「涼ちゃんまたね!」
「春ちゃんもね!」
いつも別れ際に、そういう言葉を、お互いの玄関先で交わした。最もそのすぐ後に、お互いの家族みんなで一緒に夕食を食べたりすることもあったけど。
そんな関係が、いつまでも続くと、私は思っていた。
小学校、中学校の二年間を経て、春ちゃんは変わった。
付き合う友達がだんだんと派手になって、
分け隔てなかったはずが、差別をはじめて、
それでも私は、春ちゃんの友達だと思っていた。
だから彼女の友達に相応しいように、着ているものや話題を春ちゃん達に合わせた。
でも足りなかったんだろうね。
私は結局、トカゲの尻尾だ。
ある日、珍しく二人でいた日のこと。
「ねぇ、最近あいつウザくない?」
始まりは、春ちゃんのその一言だった。
「あいつって、星川?」
「そうそう。なんとかならないものかなぁ」
最初は星川をどうするか。でもしばらくすると、どうやって鬱憤を晴らすかに話が変わってきて……
「じゃあさ、いつも通りオバさん使おうよ」
春ちゃん達の中では特に変わっていない提案を、春ちゃんがニコニコしながらした。
「でも学校じゃまた星川達に絡まれるよ。葵も向こう側だし……」
本当はこんなことをする春ちゃんは見たくない。でも面と向かっては言えない私は、弊害になりそうなことをあげる。
「それなんだけどね、葵は近々叩き落とすのよ。みんなで囲んで、脅してね!」
「えっ……」
思わず顔がひきつる。よくそんな恐ろしいことを笑いながら言える。
思わず漏らしたつぶやきは聞かれなかった。引きつった顔も、笑みだと見られて、特には不審がられなかった。
「でも星川に関しては、まだどうにもできないからなぁ。下手したら浅井の方から浦山に口聞きされて、男子の方が動くかもしれないし……」
諦めてくれるかと思った。学校だと目につくから。でも、春ちゃんはもう止まらない。
「そうだ! オバさんを学校から離せばいいんだ! そうすれば星川にはバレない!」
ああ、こんなところで、昔みたいに笑わないで欲しい。こんな風に笑われると、
「ねぇ、手伝って!」
春ちゃんの頼みを断れないじゃない。
「いいよ。何すればいい?」
それから、春ちゃんが考えたやり方で、井川さんを嵌めて、春ちゃんは親御さんの方から学校の不備を指摘。警察に連絡しにくくした。
これで私たちは大丈夫。そのはずだった。
なのにこうして星川たちに話していると、自分が惨めになる。
自分はトカゲの尻尾だと、理解できてしまうから。
そしてそれを今、
「それって、いいように使われてるだけだよね?」
星川に告げられて、もう一度自覚した。
「っ……だから何?もう私たちは、彼女に逆らえない」
昔に戻ることもできない。
「いいや、君にはまだ選択肢がある」
「……どうゆうことよ」
少し前まで会話の主導権を握っていた星川は、もう口をつぐんでいる。彼女の役割は終わっているらしい。
「抗うチャンスはまだあるよ。ちょっと手伝ってくれれば、それだけで終わる」
浅井は笑ったけど、その目はまだ真剣で、だから私は信じられたんだと思う。
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