第18話 まだチェックメイトにもならないけどね

「あなたが犯行に及べない理由は二つ。一つはトイレから誰にも見つからないように脱出しなければいけないという点。もう一つは、鍵がかかっていたはずの教室に入らなきゃいけない点。まずはトイレから潰しましょう」


 ここで口を挟まないと、流れを持っていかれそうな予感がしたが、口を挟むやり方も見つからなかったので、私は星川の話を聞くしかなかった。


「あなたが入った一階のトイレは、出入り口は一つしかなくて、そこには津山先生がいた。他に出入り口になりそうなのは窓だけど、三月学園の窓は全てはめ殺し。一見すればこれは密室よ。でも、抜け穴はどこにでもある。ねぇ山部さん、ゴムパッキンって知ってる?」


 たどり着いていたのか。いきなり核心をつく星川の物言いに、私は何も言えなかった。


「その様子じゃ、肯定なのかな。一応説明すると、ゴムパッキンっていうのは、窓枠についているゴム枠で、サッシとガラスの間にはめられてるあれね。実はね、うちのゴムパッキン、リコールが出ていたのよ。おかげでわかったようなものね」


 確か春ちゃんもそれで思いついていた。星川の頭、あるいは彼女についている浅井の頭はとても良いらしい。


「リコールの内容は、耐熱性に関して。防火ガラスについているやつなのに、少しの熱でゴムが伸びて、ガラスが外れちゃうってやつね。これを利用すれば、ゴムパッキンを意図的に伸ばして、脱出経路が作れる」


「でもそのやり方じゃ、熱源が必要よ。まさか手で温め続けたとか言うんじゃないでしょうね」


 苦し紛れの反論に、星川は肩をすくめた。


「まさか。そういえば、葵から聞いたんだけど、あなたたちのグループって、タバコを吸っている噂があるんですって? きっとライターもあるんでしょうね」


 そう、ライターは春ちゃんに借りた。貸してくれた。


「火をつけてしまえば火災報知器が鳴るじゃない! それは?!」


「うちの学校の火災報知器は、煙報知器のタイプで、煙さえ出なければ大丈夫。対策の仕方なんていくらでもあるわよ」


 実際は煙なんてでなかったし、春ちゃんはそんなこと教えてくれなかった。


 まさか、私は、


 捨て駒にされたの?


 それでも、私は、


 やっぱり春ちゃんを裏切れない。


「でも教室は?! その説明はまだよ!」


 そこでやっと、星川の話が止まった。


「たしかに、これだけじゃまだ、チェックメイトにもならないけどね……」


 何か言おうとしているが、知ったことじゃない。この機を逃すわけない。


「話にならない! 疑っていながらその程度?! もう帰る!」


 何とか逃げ切れたように思えた。それなのに。


「人の話は最後まで聞きなよ」


 後ろから星川の声がする。


「たしかに、私の話だけじゃ、チェックメイトじゃない。それをするのは私じゃない。——ねえ浅井、そうよね?」


 星川は、私の目の前に立つ、浅井に向かって、声をかけた。

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