第15話折衝

「おはよう浅井。引きこもりはやめたの?」


「たった一日で引きこもり呼ばわりか。皮肉にもなってないよ」


 まるで昨日のことはなかったかのような、星川とのいつも通りのやりとりで、僕の一日は始まった。


「で、誰なんだ? その証人は」


 星川は、答えの代わりにブレザーから一枚の写真を出した。


 そこには、ショートカットの女子が舞台に立っている瞬間が写されていた。


「山部涼。この前の過激派に属していて、河野春の幼馴染よ」


「どうして彼女に?」


 聞いても星川は答えない。ただ笑みを浮かべて、


「いいから指示通りに」


 それだけを言って、あとは何も教えなかった


 ————————————————————

 そして、放課後。教室には二人、共に椅子に座っている。

 僕と、山部涼だ。

 指示通りにした結果起きているこの状況を、僕は全く理解出来なかった。


 僕がうけたのは、星川から渡された紙を、山部さんの机の中に入れたこと、放課後まで残れという指示の二つの指示。

星川当人は、用事で帰ったようだが……。


 それがどうしてこうなる?!


「で、あなたが知っていることって?」


 山部さんが僕に話しかけてきた。

 だめだ、話の流れが見えない。


 喉元まで出かかった、何も知らないんだという言葉を飲み込む。


 考えろ、考えるんだ。


 星川は証人と目される、山部さんと僕を二人きりにした。


 放課後に、男女二人きりとなれば、定番は愛の告白。

 でも、僕はそんなそぶりを見せていないし、仮に勘違いされたとしても、星川はそんなことをしないだろう。


 であれば、正解はひとつに絞られる。


「井口さんの件で、何か知ってることはないか?」


 こう聞くのが正解なんだろ? 星川。


「質問に答えなさい。あなたは何を知っているの?」


「今の質問が答えさ、僕はある程度、井口さんの事件についての情報を持っていて、裏付けをとりたい、そういう事だ」


 嘘だ。知っているんじゃない、知ろうとしているだけだ。


 山部さんは、ただ黙っていた。もしも聞き返されたら、どうしようかなと思っていて、冷や汗がでていたが、気づかれただろうか


 やがて彼女は口を開いた。


「私は何も知らない」


「だれかが列から離れたりしたのを見ていないか?」


「見てない。だってずっと列にいたから、周りなんて見なかった」


「本当に?」


「ええ」


「そうか」


 僕の返答は、あまりにあっさりとしていたようだ。それを聞いた山部さんは、肩をすくめて、


「それだけ?」


 と言った。


「ああ」


 これ以上は、何も引き出せないだろう。それに、収穫がないわけではなかった。


「じゃあ」


 僕はそう言って、立ち去ろうとした


「で、あなたは何を知っているの?」


 僕は足を止めた。

 結局聞くのか……。

 上手い言い訳なんて、考えてなかった。


 手詰まりだ。


 でも、僕の急所をピンポイントに捉えながら、


「まあ、いいや」


 山部さんは手を引いた。


「じゃあね」


 山部さんは、教室の引き戸を開けて、出て行った。


「……僕も帰るか」


 珍しいことに、今日は静かな帰り道になる……はずだった。


「……なんでお前がいるんだよ」


 教室を出た僕を待っていたのは、僕をこんな状況に押し込んだ黒幕だった。


「あら、女の子に帰りを待ってもらうなんて、贅沢なことじゃないの?」


「減らない口だなぁ……なんで自分で会わなかった? ていうか、何してた?」


 能力的にはともかく、目的とかやる気的には明らかに星川の方が向いている


「現場のトイレを見ていたのよ。あなたに行ってもらったのは、まだ私が動いていることを知らせたくなかった。放っておけば放逐されるけど、早いよりは遅い方がいい」


「僕と星川が繋がっているのはバレバレじゃないか?」


「あなただけが動けば、まだ浦山君がバックにいる可能性が残る。流石に彼を敵に回したくはないでしょうからね」


 確かに、今の状況なら、浦山にも動く理由がある。なんらかの形で、井口さんの件に不信感を抱けば、疑う対象は自ずと絞られる。


 そんな事情か。


 過激派への牽制のために、星川は僕を使った。効率的で、最も彼女にリスクがない。でも、ある意味では一番ひどい。


「その方法は僕が一番危ないね。一番リスクが高いのは、この僕だ。」


 つまり、表舞台に立った人間が一番危ないのだ。


「……ったく、なんでこんなことを」


 思わず出た悪態に、星川はいつもの笑みを浮かべる。


「あなたは自分が危ないと感じないと、絶対に動かない。だから、あなたを危険な状況に追い込む必要がある」


 それに、と、星川は肩をすくめて続けた


「あなたは言うほど危険な状況にいない」


「……どういう意味だ?」


「人の噂も七五日。実際はもっと短いかもしれないけど、それは第三者の話。被害を受けた浦山君が、この事を忘れるわけがない。だからこそ、過激派が彼から情報を得るのは難しくて、あなたの背後に浦山君がいる線を捨てきれないのよ」


「そうか……」


 口では納得したセリフを言っておいた。でも心中は違う。


 いくら低いとはいえ、一番リスクが高いのは僕で、それは、僕の日常を脅かすものだから、僕はそれを嫌う。


「それで、今日の収穫は?」


「今話すよ」


 。山部さんはそう言っていた。それは収穫だし、僕はそれを話した。


 でも、話していないこともある。それは、正義の味方のような星川の、まるで悪役のような片鱗だった。


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