第13話 その傷をえぐる覚悟はあるか
自慢ではないが、僕は今まで学校を休んだことがない。皆勤賞というやつだ。
風邪も引いたこともないし、大病もしたこともない。
だから僕が学校を休みたいと言った時、母親はよほどのことがあったのだろうと考えたのか、特に何も言わずに休ませてくれた。
そこで今更のように、浦山が僕の心で占めていた割合を自覚して、さらなる自己嫌悪に襲われて、とても学校に行く気分ではなくなった。
多分、寝たり起きたりだけなら、三、四回ぐらいしただろう。何かの音で目が覚めた。時計を見てみても、まだ一日と経っていなくて、頭を抱えたら、自分は学校に行かなければ、なかなか怠惰なんだなぁとか考えながら、ぼんやりとした頭で、僕は立ち上がった。喉が渇いたので、飲み物を飲もうとして、ベッドから起き上がり、自分の部屋を出た。
ダイニングの方に向かうとメモが一枚置いてあった。それによると、どうやらうちの母親は今日の夕食の食材を買いに行ったらしい。僕が感じた音は母親が出て行く音だったようだ。
その時、不意にチャイムの音がした。思わずビクリとする。僕は飲み物を取ろうとするのをやめ、玄関前の訪問者が誰なのかを見る。
そこには、星川がいた。
どうする? 親は今いない。話し合いにはもってこいだが、流石にまずいか。
そんなことを考えていたら、もう一度チャイムが鳴る。
ピンポーンという音の間隔が狭まる。ついにはノックまでして来た。
ああ、もう! ふざけんなよ!
半ばイヤイヤだ。でも、仕方ない。
「おい、やめろ!」
そう言うとともに、僕はドアを開けた。
「こんにちは、上がっていい?」
「人の話をまず聞けよ……」
「いいじゃない。上がるわよ。今後のことを決めないと」
そう言うと、星川は勝手に上がり込んだ。全く、人の話を聞かない奴。しかし、学校の現状とか、その後の話を僕は知らない。
だから、それを知りたかったのは事実だ。
結局、僕は彼女を追い返せなかった。
「で、学校はどうなんだ?」
僕は、キッチンで、適当な飲み物を探しながら聞いた。
「荒れてるわよ。葵が学校に来なくなって、彼女のグループの一部が元のように戻ったから」
僕は、そこまで聞いて、コップに入れたオレンジジュースを二つ置いた。
「そうか」
星川は頷き、僕が置いたオレンジジュースを一口含んだ。
「ねぇ、あなたは何か知らないの? このタイミングで学校を休むなんて、関係があるとしか思えない」
なるほど、そう見えるのか。でも、それは違う。僕が休んだ理由に、それは関係ない。
「関係はない。ただ、知っていることはあるよ」
どうせ隠すようなことじゃない。僕はそう考えて、昨日の顛末を話した。
「なるほどね。で、あなたは何を聞いたの?」
「学校の様子を見ている君にはわかるだろ?」
浦山から聞いた話はこうだ。
乃田のグループには、過激派と呼ばれる一派がある。僕はその存在を名前しか知らなかった。他人をイジめ、華美な服装をして、よく喋る。一般的なうるさい奴らだが、イジめのジャンルが濃く出ているのが過激派だ。
その過激派を率いているのが河野春 という人物。
つまるところ、彼女らがクーデター的なことを起こし、乃田を失脚させた、そういう話だ。
彼女たちは、僕らが井川邸に向かう前、昼食の際に、乃田を呼び出していた、中だ。
きっとあの後、乃田は自分の座を退いた。
それが正当な話し合いの結果か、力による一方的なものだったかはわからない。
結果として浦山は傷つき、僕との関係を絶った。
だからそんなことを新たに知ったところで、何の意味もない。その時、星川が思案げな顔を浮かべながら、突如として言った。
「その話は、井口さんの事件と無関係ではないと思う」
……何?
僕は反射的に聞こうとしたが、すこしだけ思い直す。
この先に足を踏み入れるのは、自分の傷をえぐることになる。
自分に、その覚悟があるのか?
そんな風に自問自答するが、答えは出なかった。
ただそれでも、わかることはある。
今このまま、現状維持を貫くとは、今も疼く傷と共に、今まで起きたあらゆることを、全部綺麗な思い出にしてしまって、逃げ出すことに等しい。
ひっそりと朽ちゆくようなそれは、かつての僕なら間違いなく肯定した。
でも今は違う。根拠はないのに、このままじゃいけないと、心のどこかがそう叫ぶ。
全くわからない。でも僕は、この矛盾に嫌悪を抱いていない。
なら、進んでみよう。
僕は、自分の頭より、自分の感情を信じることにして、一歩前に踏み出した。
「どういうことだ?」
僕の問いに、星川は自らの考えを述べた。
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