第12話 崩壊の前日

 月曜日、朝。天気は快晴で、いつもと同じように起きて、いつもと同じようなパン食の朝食。いつもと同じように朝の支度をして、僕は玄関のドアを開けた。

 そこには、最近やっと見慣れ始めたペアの委員の顔はなく、ずいぶん前には見慣れていたはずで、今は見慣れた感じがしない、アパートの三階から見える景色があった。

 何かあったのだろうかとスマホを確認する。通知は三件来ていて、昨日の深夜に来ていたのが、浦山からのくだらない愚痴と、迷惑メール。そして、今朝来ていたのが、星川からのメールだった。

 風邪をひいて休むらしい。土曜日に無理をしたからだろうか。お大事に、とだけ送って、僕は家を出た。

 最近は騒がしかった通学路も、今日は静かだ。浦山も、乃田も、今日はいない。

 結局、誰とも話すことなく、僕は学校に着いた。

 学校に着き、朝のHRが始まっても、三人とも来なかった。やがて津山先生がやってきて、三人の欠席を伝えた。

 僕の周りの三人がいなくなったその日は、僕が望んだ静かな日常のはずだった。でも、乃田がいない事で、彼女の一派はうるさくなり、星川の不在により、それに歯止めはかからず、浦山がいないことから、男子すら、それに乗じて騒いだ。

 でも、そんなことはどうでもいい。確かにうるさくはあったけど、僕に関わる奴はいないから、僕にとっては静かな日常だった。

———それなのに何かが足りないと感じるのは何故だろう。

 その日、僕には何も起こらなかった。ただの静かな日常が、そこには流れているように見えたから、僕の知らないところで日常が壊れていたことなんて知らず、ただただ、日常を過ごしていた。

 翌日。昨日の快晴はなんだったのか、空一面を雲が覆っていた。予報では雨も降るらしい。

 朝ごはんはパン食だったし、傘を持って出た玄関ドアの前には、昨日休んでいた星川がいて、僕とは異なり傘を持っていなかった。

 予兆は天気だけだった。いや、今思えば、他にもあったのかもしれない。僕が知らなかっただけで。

 乃田が今日も休んでいたのも、通学中に浦山の元気がなかったように見えたのも、予兆だったんだろう。

 でも、それに気づかない僕は、その日の朝、浦山から、放課後話があると言われても、深くは考えていなかった。

 結局、曇り空は晴れることなく、僕らは放課後を迎えた。


「先生に、話を聞きにいくけど、一緒に来る?」

 すでに人のまばらとなった教室で、荷物をまとめていたとき、星川に声を掛けられた。

「悪い、今日は先約がある」


そう言うと、星川は心底驚いたような顔をした。


「えっ? 誰よ?」

「浦山だよ。なんか話があるとさ」


僕の返答に、星川は僕を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「確かに、あなたが関わりそうな人なんて彼ぐらいよね。でも浦山君、教室にいないけど?」

「先に下駄箱に降りたらしいよ。」

「ふーん、なら、余裕あれば待っててね」

「了解」

 星川とは、そこで別れた。

 下駄箱に降りた僕が見たのは、なんとなく沈んだ雰囲気を醸し出している浦山だった。

「おう、悪い遅くなって」

 僕はなるべく明るく、浦山に接した。どうせ愚痴だろうと考え、明るくした方がいいと思ってのことだった。

「いや、いいよ。一つだけ、伝えたいことがあるだけだから」

 浦山は、目すら合わせない。なにかがおかしいと感じたのは、ここが初めてだ。その感覚に恐怖を覚え、返事ができない。でも浦山は、そんなこと御構い無しに話し出した。


「絶交だ。もう、つきあいきれない」


 ゼッコウダ。


「え……」


 頭が回らない。絶交? 浦山と?


「なん、で?」


 やっと口に出せたのは、それだけの言葉だった。


「わからないのか?」


 僕は、必死で首を振る。心当たりなんて、あるわけがない。


「そうか、まあ、あいつが話す訳ないか」


 浦山は、こっちを向いた。


「葵、休んでるだろ。」


「ああ。」


 それがなんだというのだ。


「あれ、お前らのせいなんだ。」


「えっ…?」


 僕は、誰かと一緒に何かをすることは少ない。一緒に話す相手なんて、浦山と乃田を除けば、一人しかいない。

星川だ。

何があったのか、浦山の口から語られたけど、それは、僕の予想に、具体的な名前を追加した程度のものだった。

 つまりは、どこからかのパイプを使った、乃田を経由した治安維持のしわ寄せが来たのだ。

 それすなわち、乃田の失脚。クーデターだ。


「これでわかるだろ?」


 ああ、痛いほど。よくわかってしまうから否定の言葉も、言い訳も言えない


「なんか言えよ……」


 浦山は、こっちを向いて、そう呟いたけれど、すぐに視線を外し、


「それだけだ」


 と言って、帰った。

 やがて雨が降り出した。そういえば、浦山は傘を持っていなかった。

 全く、笑えない。

 雨に濡れるべきは僕なのに、実際に雨に濡れているのは、浦山だ。

 僕は最低だ。

 この状態で星川を待っていたら、この負の感情を彼女にぶつけてしまいそうで、僕は星川を待つことなく、一人で帰った。傘をさして。

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