第11話 ただ真っ直ぐな星の光のように

 井口さんの家を出て、僕の家の近所の公園のベンチに、二人で座った時には、すでに日は傾いていて、公園の時計を見ると、その針は五の数字を指していた。


「ねぇ浅井」


 となりの星川が、僕を呼ぶ。なんだろうと思い、見てみると、星川はこちらではなく、彼女のすこし前にある、ありふれた街灯を見ていた。


 「ありがとう」


 「いきなりどうした?」


 感謝される覚えがないので、半ば困惑する。


 「どうしてって……あなたは、あの時、井口さんから返事を引き出したじゃない」


 ああ、そんなことか。と、僕自身は、なんとも思っていなかったことを挙げられ驚いた。でも、自分ですら意外に思う行動なのだから、突っ込まれても仕方ないか。


 「あれは君がやった事だよ。僕は背中を押したに過ぎないし、君が何もしなければ、何もしなかっただろうしね」


 傍観者は、眺める立場でしかない。何かするにしても、主体的なものなんてない。この場合、僕の背中を押したのは、やはり星川だ。


 主体的に動いた者こそ、評価されるべきだ。だから僕は何もしていない。全て星川の成果だと、僕は考えていた。

 でも、星川は言った。


 「私だけじゃ、何もできなかった。」


 星川は、不意に上を向いた。まるで何かを思い出すかのように。


「私はね、あなたと出会う前にも、人を救おうとしたの。それこそ、独りよがりの正義の味方のようにね。でも、ダメだった。無理だったのよ。強引に閉じた心のドアを叩いても、扉は開かない。それを私は、知らなかった」


 そこで、星川は不意に言葉を切り、こちらを向いた。


「でもね、今回あなたがそっと叩いたら、井口さんは反応を返した。だから、あなたのおかげ。あなたが、私の言葉を、井口さんに伝えてくれた。それは、紛れも無い事実なの」


 星川のこっちを見る目は、ただまっすぐで、澄んでいた。僕はなぜか目を合わせられなくなって、上を向いた。


「でも僕は、君がいなければ何もしなかった。そんなことは君もわかっているだろ」


僕がそう言うと、星川は笑ったような声を出した。


「そうね。だから私たちは、二人でいる必要がある。その方がたくさんの人を救える」


 もう日は沈みかけている。公園から太陽が見えないことがその証拠で、上を向いている僕には、星川の顔も見えない。でもその代わり、僕の目には星が見えている

 このあたりがなかなかな都市部だから、明るいものしか見えないが、その光は、今聞こえた星川の声のように、ただ真っ直ぐに、僕に届く。


「そうなのかもな」


 でも、考えは変わらない。

 星の光が届いても、僕に出来ることはない。

 でもなぜか、その先の言葉が、断るための言葉が出なかった。

 理由がわからない。なんでだ? だから、僕らは、二人して黙っていた。

 五分ぐらい経ち、僕らは別れた。月曜日に会おうと、約束して。

 

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