第10話 傍観者の立場
翌日、土曜日。どこかの教師のおかげで、一日の休みを獲得できるわけはなく、全てが星川の思い通りではないことがわかった。まあそのぐらいがちょうどいい現実だ。
僕らは訓練の日の朝のように、なんとなくで集まって、いつも通り、教室で昼食をとった。
「なあみんな、今日一緒に遊びに行かないか?」
浦山がいつものような明るい声で誘う。これから向かう場所とは、あまりに差があるので、思わず笑みがこぼれた。
「おい、なんで笑うんだよ」
「いや、ごめん、なんとなくだ。でも、俺と星川は無理だな。井口さんの家にプリントを渡しに行くんだ」
「そうか……あ、なら、葵は……」
と、
「私は無理。友達と用事があるの」
「つれないなぁ……って、俺ぼっちかよ!」
「そうだな」
「そうね」
僕と乃田から、同時に肯定された浦山は、大げさに頭を抱え、顔をうつむけた。
「大丈夫ですよ浦山君、といっても、ぼっちは変わりないですが」
「響ちゃん、それ、フォローになってない……」
星川の、フォローにならないフォローに、さらに意気消沈する浦山。それを見て、僕の口元はまたほころんだ。
「あ、ごめんなさい。私もう行かないと」
そんなやりとりのあと、乃田が不意に席を立った。
「またな、乃田」
そういう僕に、乃田は手を振って応えた。彼女が向かう先には、何人かの女子がいた。あれが友人なんだろう。
でも、いつも彼女の周りにいる奴らとは少し違う、目つきも少し悪く、僕はあのファストフード店の連中を思い出した。
このことをもう少しよく考えていたら、先のことが少しはわかったのかなぁと、今になって思う。
僕と星川はいつも帰るルートとは違うルートをとって、浦山と別れた。
向かう先は井口邸。星川が場所を調べていたので僕が何かする必要は無かった。
「なあ、なんか雰囲気変わったよな」
いつの間にか、僕らは歩いている場所が、なんとなく、高級住宅街という感じがしてくる地域に立ち入っていた。
「何か気になるの?」
星川は全く気にしていないようだ。
「いや、なぁ……」
少しぐらい、気後れしてもいいだろ。まあらしいといえばらしいが。
自分の半歩先を行く星川に、僕はため息をついて、後ろからついていった。
「ここよ」
そう言って、星川が立ち止まった柵の先に見えたのは、広い庭を持ち、小洒落た二階建ての家だった。
「井川さんって、金持ちなんだな」
「え、私の家もこんな感じよ。あなたの家が新鮮なぐらいよ」
「さらっと、他人の家に対する毒を吐くな。こっちは親戚が資金援助してくれてるらしいくて、教育費に使わなければ、まあまあいい暮らしできてるんだよ」
ていうかお前の家も金持ちかよ。まあ、養子が取れるのだから当然か。
ここにくる前から、親御さんとかと話すのは僕が行うと二人の間で決めていた。本当は僕が無理くり押し切ったのだが、ここを譲ると後でこじれる気がしたからだ。
ピンポーン
緊張する僕とは裏腹に、チャイムは高らかに鳴る。
「はい」
母親だろうか、大人の女性の声がした。確か父親は単身で海外に赴任しているはずだから、母親の声がするのは別におかしくはない
「こんにちは。三月学園で真姫さんと同じクラスで、学級委員をしている浅井です。休んでいる最中に配布されたプリントと、みんなからの寄せ書きを持って来ました」
「後ろの方は?」
「同じく、委員の星川です」
「わかりました。津山先生から伺っていますので、中へどうぞ」
向こうからの声が途切れると同時に、家の扉が開いて、一人の女性がやって来て、恭しげに柵を開けた
「どうぞ、こちらに」
なんとなく、親ではない気がした。
「失礼ですが、あなたは?」
「家政婦の三野です。家事手伝いの他、庭の剪定もしています。奥様は心労で、お休みになられていますので、私が案内させていただきます」
「そうですか」
こんなやり取りを経て、僕らは三野さんについて行った。
三野さんについて行く時に、後ろの星川に、「お前の家も、家政婦さんいるのか?」と、聞いたが、星川は、「流石にそこまではしてないわよ」と首を横に振っていた。井口家がなかなかの金持ちだとわかった。
三野さんの案内で、僕らはまず、一階のリビングらしき部屋に通された。家具や調度品は、どれも高級感が漂うものだった。
「しばらくお待ちください。真姫様を呼んでまいります」
「大丈夫です。こちらから部屋に伺います」
「これを期に外に出てくるかもしれないので」
三野さんは恭しく一礼して、二階に消えた。
二階から、降りてきたらどうですか? とか、帰ってもらって! などの声が、しばらくして聞こえてきた。
僕は、大丈夫かなと思って、少しだけ、星川の方を見た。なぜなら、彼女なら飛び出してもおかしくないと、考えたからだ。
驚いた。星川は、そこにいなかった。
なぜ? とか、どうやって? とかより先に、まずい。という考えが浮かぶ。僕は二階へと向かった。
どんな言い訳をしようか、とか考えていたその時、声がした。
「井口さん! 話を聞いて!」
「嫌! プリントを置いて、帰って! どうせみんな、先生に言われて、嫌々やったんでしょ!」
それは、悲痛な叫びだ。今でも血を流し続けている井口さんの心からの叫びだ。
でも、星川は、それでも手を伸ばす。
「たとえ、みんながそうでも!」
二階に着いたとき、僕が見たのは、驚いている三野さんと、閉じたドアに向かって叫ぶ、星川の姿だった
「私達はあなたを信じる。あなたの無実を証明する。今日はそれを伝えに来たの」
ドアの向こうからの返答はない。星川も言いたいことは言ったのだろう。息をハアハアとさせている。
ああ、仕方ないのかな。傍観者にできるのは、物事を円滑に進めるだけだ。
「井口さん、僕だ。浅井だ」
そう言って、また考える。用意した台詞なんてなかったけど、スラスラと僕は話していた。自分でも意外なほど、本心で話していたんだと思う。
だって、思いだけでは、伝わらないこともある。それを伝わるように後押しすることは、僕にだってできると思う。
「この星川っていうやつは、バカだ。はっきりわかるけどさ。でもさ、バカなりに、バカだからこそ、君の無実を証明するために、調査をすると決めたんだ。先生の承諾は得た。あとは、君が望むかだけで決まる。望まないなら僕らは手を引くよ」
だから、選んでくれ。そう言って、僕は後ろに下がった。
「……好きにして」
それが、井口さんからの返答だった
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