第8話 世の中は聖人や超人を求めている
今回の一件で、星川はある看板を背負った。
有言実行の変わり者。という、決して良いものではないものだが。
しかし、いじめなどには繋がらない。なぜなら彼女は委員で、その行動を審査し、気に入らなければクラスというコミュニティから追い出す立場の乃田が、何もしないのだから。
これと同時に変化があった。
本来、喜ばしいのだろうが、基本的に非社交的な僕に話しかけてくるやつが増えた。しかしあまり喜べない。なぜなのか内容は決まって星川のことだからだ。
「なあ、俺に星川さん紹介してよ」と、チャラ男が明るく絡んできたり、
「ちょっと、星川さん、どうにかしてよ」と、乃田の取り巻きが、威圧しながら絡んできたり。正直面倒くさい。
でも、チャラ男に対しては浦山がどこかに連れていくし、乃田の取り巻きにはリーダーである乃田や、彼女に近い人が遠くから睨み追い払っていた。
しかし、最大の事件は、他にある。
「なあ、どうした?」
放課後を迎え、みんなが帰っていく中、1人鞄に荷物もしまわずに、ただ席に座っている星川を見つけて僕は声をかけた。
「考えているの。なんでみんな、私の調査に協力してくれないんだろうなって」
なんだ、そんなことか。
答えるのも、彼女のやり方を否定するのも簡単だ。だからこそ、僕はそれをしない。そんな権利はない。
「どうして、そんなことを考えるんだ?」
それでも、知る権利は、誰もが使える権利だ。
「だって、私の言うことが間違っている訳がない」
えっ? そう思う僕をよそに、星川は喋る。誰に向けてでもなく、感情の吐露のように。
「みんな気づいてるはずよ。井口さんが盗みをやるはずがないって。おかしいじゃない。彼女の家は私立に通わせれるほどには裕福。彼女を知る人はみんな、幸せそうな家族だって言ってる。さらに言えば、彼女が犯行に及べたのは訓練直前だけ。でもそれはとても難しいのよ。それなのに学校は、井口さんを犯人にして、幕引きとしようとしている。今はまだ二ヶ月の停学だけど、いずれは退学処分になる。なんで誰も疑わないの? どうして、そのままにするの? この学校に、正しさはないの?」
そこまで言って、星川はやっと口を閉じた。教室には僕ら以外いなかった。だからこそ、遠慮なく話せるのだろうか。僕は口を開いた。
「昔聞いた言葉なんだけど、それは人々がめんどくさがりだからだよ。どこからか聖人とか超人が現れて、責任を一人で背負ってくれるのを待ってるからなんだよ」
人々は等しく傍観者で、進んで問題を起こしたり、解決しようとしたりはしない。そのくせ、勝者に乗じて甘い汁を吸おうとして、敗者をよってたかって虐げる。誰も敗者に味方はしない。今回はその被害者が井口さんなのだと思う。
星川は少し目を瞑っていたが、口を開いた。でもそれは、声になる前に、急に鳴り響くチャイムにかき消された。
「星川響、浅井祥、まだ校内にいるなら、教員室、津山のところに来い。」
誰かから話が伝わったか。でも、なんで僕まで?
理由はわからないが、呼び出されたなら行かねばならない。僕は星川を促し教室を出た。
「なあ、井口の件には関わるな」
開口一番、津山先生はそう言った。
「どうしてですか?」
星川は言う。彼女からすれば純粋な疑問にしかならない話だ。この件はそういうもののように見えた。
「井口が犯人ということで解決している。親御さんも納得しているんだ。これ以上問題を拡大する意味はない」
「でも、おかしいです。井口さんには動機がないですよ。それに、廊下トンビたちも井口さんは否認していたと言っていましたよ。それが真実なら、まだ何か問題があるということです。見えない問題があるなら、見えるようにしなきゃ」
「廊下トンビ?」
なんだかわからないらしい先生に、僕が説明する。
「見つけてはいけない問題もある。仮にお前のいうことが正しくても、俺はこれ以上、問題を拡大させるのは、井口に良くないと考える」
「いいも悪いもないでしょ。井口さんは、冤罪かもしれないんだから!」
星川から敬語が消えた。津山先生は、目を見開くとまではいかないものの、驚いているようだ。
その隙を突き、星川はさらに続ける。
「結局あなたたちは、自分が責任を負いたくないのよ! 見たくないものには蓋をして、さっさと終わりにしようとしている。違いますか!?」
言い終えるやいなや、星川は机を叩いた。
そのバンッ! という音に、周りの人もこちらを向く。流石にやばい。
「星川、その辺にしとけよ」
僕は星川の肩に手をかけた、すぐに振り払われたけど、それで少し落ち着きを取り戻したのか、声の調子が元に戻った。
「わかりました。先生は何も知らなかったそれなら、調査しても構いませんよね? 責任はこちらで負います。」
「子供に責任は負えない」
「でも覚悟は必要です。なんの責任も負わないなんて、一人の人を助けるのには、覚悟がいります」
不退転の決意というやつか、こいつはどんな人生を送ってきたんだ。
津山先生は、少しの間目を瞑り、そして言った。
「その覚悟を負う必要はない。それは大人の仕事だ」
「えっ?」
星川は心底驚いたような声を出す。
「子どもは大人に一方的に守られる存在なんだよ。だから、見ないふりをするつもりはない。調査してみろ」
何が、彼を変えたのか、僕にはなんとなくしかわからなかった。
「どうして、心変わりしたんですか?」
僕のその質問に、津山先生は笑った。
「元から自分で調べるつもりだったんだよ。お前たちが来て、熱弁を振るうから、譲ってやったんだよ」
先生はそう言って、また笑った。その言葉が格好つけた嘘だというのは、なんとなくわかった。
そうして、許可を得た僕らは、帰ることにした。
「ねぇ浅井、私は決めた」
隣を前を向いて歩いていた星川は僕の方を向いた。
「何を?」
「あなたはさっき、みんな、聖人とか、超人を求めてるって言ってたよね」
星川は、僕の目を真っ直ぐ見つめていた。
「なら、私はなるよ。その聖人とか、超人に」
その目に、教室で見た迷いは消えていた。
———でも、今更ながら思うんだ。
まだこの時は、君が動くには理由が足りないように見えた。
目まぐるしく動く周りの出来ごとのせいで忘れていたけど、勘のいい人なら、忘れずに指摘する。
もしそれに気づけていたら、あんなことにはならなかったんだろうなぁって思う。まあこれも、あまりに今更すぎることだけどさ。
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