第6話 答え合わせの通学路
「で、お前は何しに来たんだ?」
家を出て、歩きだしてから、まだ要件を聞いていなかった僕は、星川に聞く。
「津山先生からの伝言がメインかな。今日の五限に避難訓練があるから、授業開始十五分以内に二人とも、外に出るようにだって」
「なるほどね」
ぼくらの学校の避難訓練は、一クラスから二人ずつランダムに選出された二人が、避難誘導を担当する。もちろん、教師も行うが、学校側によれば、いざ何か起こったら、対応出来きる力を身につけて欲しいらしい。
「毎回思うけど、この事って伝えていいのか?」
「確かに。訓練かどうかは疑問よね」
意外にも二人して同じような疑問を抱えていたようだ。
ふと、ファストフード店でのことを思い出した。
「そういえばさ、あの時はありがとう」
「あの時って?」
「覚えてないのか?」
隣を歩いていた星川は、わざわざこちらを向き、小首を傾げ、
「全く」
その返答に、目を見開いたか、何かしたらしい。星川に大丈夫? と聞かれた。
「春休み、ファストフード店で」
僕がそう言うと、少し上の方を向いただけで、すぐに納得したらしい。目を見開いて
「あの時の!」
と、周囲が振り向くぐらいの声で言った。
うるさい。僕は注目されたくないんだ。それなのに星川は、周りに謝っている。これではさらに注目を集める。全く、こんなのと委員をやるのか。
「よかった。会えたら聞きたいことがあって」
一応、直前に抱いていたマイナスな感情を読まれないような笑みを口元に浮かべて僕は言う。
「奇遇だね、僕も同じく」
「なら、お先にどうぞ」
「ありがとう」
ずっと気になっていたんだ。こんな風な、まるで正義の味方みたいなやつが、どんな環境で生まれたのか。
とはいえ、そんなこと聞いても、なんだこいつ、と思われて終わる。だから、無難な風に聞くしかなかった
「あのとき、少し年が上の集団の中にいたよね。どうして?」
星川は、拍子抜けしたのか、口を開け、すぐに呆れたかのような表情をした。
「なんだ、そんなこと? 兄があそこにいたのよ 」
兄がいたのか。初耳だ。
「仲が良いんだな」
僕の反応に星川は答えた
「家にいてもみんな外出してるから暇でしょ。でも、養子の私に、家族は良くしてくれているよ」
「そうか」
僕はそう言ってから、デリケートな話題に触れたなと思い、すまない。と謝った。でも星川は、
「私は親を知らないし、今の親で幸せだから、別にいいのよ」
そう言って、笑ってみせた。それは、委員選の時の口先だけのものじゃなくて、きっと、心からのものなのだろう。そう思える類のものだった。
「今度は私が聞いていい?」
「いいけど」
今までは歩きながらだったのに、星川は、急に止まって、そして言った。
「君は、なんであの時、バカな連中を糾弾しなかったの?」
胸が大きく鳴った。
「責めているのか?」
僕が最初、何もしなかったことを。でも、星川の答えは予想外のものだった。
「まさか、ただ眺めていた人に、糾弾はできない。その非難は、あの時あの子供に乗じて、彼等を責めた人にするもの。私が言いたいのは、あなたには糾弾する権利があったんじゃないの? ということよ」
驚いた。本当に驚いた。僕と同じような価値観を持つ奴がいるなんて、おまけに、自分の対極にいそうな奴が。
「僕には彼らを糾弾できない。巻き込まれただけで、ただ眺めていたに等しい僕にはね」
これが全てだ。理由はこれしかない。星川は、黙って、ただ聞いていたが、口を開こうとした。
何をいう気だ? そう考えたが、ちょうどその時、後ろから小突かれ、よろめいた。
「痛っ、誰だよ!」
「おまえなぁ、俺をほっといて、響ちゃんと仲良く通学かよ!」
声でわかった。特にドスはきいていないが、よく通る声。
「浦山! 何度も言うけど、一回声かけろ!てかお前いつから星川と親しくなった!」
「え、なんで?」
「いきなり下の名前とか、おかしいだろ!」
「ふつーだろ、なあ響ちゃん」
「私は構いませんが……」
さっきとは打って変わり、お嬢様キャラのような動き。変幻自在だな! こいつは!
そこに、
「あれ、正之に、浅川はわかるけど、なんで響が?」
と、言いながら、乃田まで混じってきた。
うるさくなることは、もう確定だ。
通学路で会った僕らは、そのまま学校まで一緒に行った。浦山と小突きあい、乃田に呆れられ、星川に笑われて、これが平和な日常というやつかもしれない、そう思っていた。
その日の午後、五限を迎えた。
開始五分。
「先生、お腹が痛いので……」
「おう、わかった。行ってこい」
星川が早速、行動を起こした。どうやら、クラス内ではお嬢様キャラで行くらしい。でも、最初のデビューが鮮烈すぎて、有効かは不明だが。
その、きっかり三分後。
「先生、お腹が痛いので」
全く同じセリフで、僕は席を立ち、廊下に出た。
そこには星川がいて、
「遅かったじゃない」
と、クラスでは見せない雰囲気を見せた。
「仕方ないだろ。あまりにすぐだと、不審に思われる」
「まあ、それもそうね」
ひとしきり言い合うと、彼女は、羽織っていた、デザインが良いと評判な制服のブレザーその裾を払って、
「じゃあ、それぞれの持ち場について。あなたの持ち場はこの三階の廊下だから」
と言って、自分は階段を降りていった。
そして、五分ほどしてだろうか、
「これは、訓練です」
サイレンと共に、よくある放送が流れ出した。
そのあとは、単純だった。
廊下に出てきた同級生達を、下に誘導して、クラスに誰もいないことを確認すると、自分も、集合場所であるグラウンドへ。あとは、校長先生の、有難いお話を聞いて、教室に戻った。
問題はその後だ。
教室に戻り、朝のメンバーで談笑しているとき。
「なあ、財布ないんだが」
そう言いだした男子生徒が一名。これを聞いて、みんなの対応は様々だ。
バカじゃないの? と、呆れる人。やばくね? と心配したり、囃し立てる連中。そして、自分の財布を確認する人。
「あれ、わたしもない……」
「俺もだ」
そうして、やがてクラスの全員が、自分の財布を確認した。
結果、七名の財布がなくなっていた。
「はい、席に着けー」
唐突に津山先生の声がする。絶妙なタイミングとも、最悪のタイミングともとれる。
津山先生は、騒ぎを見て、近くの生徒に聞いた。
「おい、どうした?」
「何人かの財布がないんです。」
津山先生は返答を聞くと腕を組んだ。
「そうか……」
先生は、少し考えているようだ。
もし、基本的な先生なら、犯人探しをするつもりはないとか言って、犯人の良心に訴える。
しかし、万一にも、この気怠げな先生が、本気で対応したなら、
「全員、左隣のやつの机の下を見ろ。窓側のやつは、廊下側のやつの机を」
先生はそう指示した。
めんどくさいことこの上ないな。
僕はそう思いながらも従った。
僕の隣は、井口さんだった。
「ごめんね」
一応断ってから、僕は井口さんの机の下を見る。
「大丈夫。仕方ない事だから」
井口さんは笑っていた。彼女は悪い子ではない。ただ、巡り合わせが悪かったのだ。
僕は机の下を見る。まさか、そんなとこの時は思った。面倒事には関わらない主義だが、仕方のない事だ
「先生」
僕は、用意していた台詞を言った。使うなんて、これっぽっちも考えていなかった。
それを言った時のみんなの表情は様々だった。
先生は静かにこちらを向き、浦山は驚きながら。乃田は顔をうつ向け、井口さんは恐怖と驚きの顔をして星川は、ただ目を瞑っていた。
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