第4話正義の発露と不審感

 委員選出動乱。簡単に表すならこれが一番適する。バカじゃないの? と考えると思うが、どうか納得してほしい。僕にとっては本当の動乱だった。


 入学の翌日。僕らはたった一日の、とても忙しないオリエンテーションを過ごしていた。

 まず、午前中に、健康診断を受け、教材の配布を受ける。午後には委員を決める。休みなんてない予定。ブラック企業もビックリの仕事量。


 その中でも、委員決めは、僕にとって、最重要だ。僕らの学校は、幼稚園から大学までが一貫であるから、人の入れ替わりはほとんどない。一度ついたイメージはずっと付いて回るのだ。一応、僕はカーストの女王様の恋人の親友という立場なので、いじめなどはないが、関係性が遠い上に、こいつらが別れたら崩れ去る、不安定な立場だ。

 だからこそ、自分の立場を確定させるために、僕は委員決めを使った。


 つまり学級委員になるのだ。


 どういうわけこわからないが、変に厳しくしなければ、委員はあまりいじめられないらしい。(三月学園OB掲示板より)実際には願掛けのようなものだ。しかし、意味はある。だから僕は今年も委員を狙う。自分のために。

 何故か夜に本ばかり読む僕より、体育会系なため、アウトドアな浦山の方が視力が悪く、


 「どうしてだー!」


 という浦山の嘆きの声を、他人事のように聞きながら、僕は運命の時を待っていた。


 「おーい、席に付けー。委員決めやるぞ」


 ついに、津山先生がやってきた。


 「えー、まずは学級委員から決める。決まったら、そいつらにこの先の運営を任すからなー」


 「せんせー、それって、自分が仕事したくないだけじゃないのー?」


 「ああ、そうだ。なんか悪いか」


 クラスメートと、津山先生の応酬に、教室から失笑が出る。しかし、僕は笑ってられなかった。


 「じゃあ決めるぞ。まずは男子、誰かいないか?」


 「はい」


 僕は男子で一人、手をあげる。どうしてかわからないが、僕のクラスでは、小学校三年の時から毎回こうだ。


 「浅川一人だけか。 次、女子」


 通常、学級委員はクラス内でのカースト上位の人の息がかかった人が多い。だから僕のペアは、乃田の友人のはずだ、そう思っていた。


 「はい」


 。まさか、と思う自分とやはり、と思う自分がいて、困惑する。

 手を挙げたのは、星川だった。


 「こっちも1人しか出ないのか」


 先生の声に思わず、えっ、という声が漏れて、隣のやつから、どうした? と、聞かれてしまった。

 なんでもないよ。と言って、切り抜けたが仕方ないだろ。だって、

 仮に星川が出たとしても、乃田が用意した候補との競合になる。その場合、星川は必ず負ける。

 でも、今回の立候補は、彼女一人だけ。

 だから彼女が委員になるのは、

 それを、乃田はなぜ許した? これまで、一度もミスをしたことがないあいつが。僕には、それがわからなかった。


 「じゃあ、公約表明なのやるか、浅川」


 考えている暇はないようだ。先生に呼ばれ、僕は「はい。」と言って、立ち上がる。


 「ぼくは、みんなに迷惑をかけない、堅実な運営を心がけたいと思います」


 パラパラとした拍手が起こった。まあ、こんなもんだ。


 「じゃあ次、星川」


 先生の呼びかけに、星川は立ち上がる。しかし無言で、だ。

 そして、彼女は、


 「あんなのが、公約と言えますか!」


 と、かなり語気を強めて言った。


 「いいですか! 公約というのは、なんらかの熱意を持ったものであるべきです。でも、彼の話からは、何の熱意も感じられない! 守らない公約を掲げる政治家の方がまだマシですよ!」


 どうやら、かなりご立腹のようだ。

 確かに、僕に熱意なんてない。でも、ここまで言われて、何も言わずに傍観するつもりはない。もちろんただのポーズだが。

 だから僕は不機嫌な風を装った。


 「そこまで言うなら、お前の公約を聞かせてもらいたいね」


 「最初からそのつもりですよ」


 星川は、大きく、息を吸い込んだ。


 「私は、このクラスで起こる、あらゆる問題を解決すると誓います」


 周りが一気にどよめいた。無論僕も。何を言っているんだこいつは。

 星川の発言を、無理と判断したらしい津山先生が、どよめきが収まるのを待って、口を開いた。


 「お前一人で、できるわけないだろ」


そう、一人ではできるわけがない。


 「誰が私一人だけだと言いましたか?」


 再びクラスがどよめく。面白くなってきたなと、浦山が声をかけてきたが、僕は全く面白くない。


なんとなく、彼女の言いたいことが読めたからだ。


 「私は、私の意見に賛同する人の協力でもって、解決をします」


 星川は口先だけの笑みを浮かべて言った。


 「誰が賛同しているかわからないのにか」


 津山先生が、少し挑戦的になった。

 たしかに、先生の理屈は一面では正しい。しかし反論が効く。


 「私が選任される方法は、選挙です。選挙とは、クラスの総意ですよね」


 星川は、僕が考えていた反論を、綺麗になぞって、口に出した。


 たとえ彼女が選任されても、彼女を信じているのがクラスの全員な訳ではない。


 しかし、それをクラス全員の意見にするのが、選挙というシステムだ。


 だから、津山先生は、黙るしかない。

 全く、仕方ない。僕は手を挙げた。


 「なんだ?」


 「とりあえず、投票にしませんか? 彼女の考えが、現実的ではないなら、選任されませんし」


 この時は、彼女は選任されるわけがないと思っていた。 一応、僕の意見は取り入れられ、投票用紙に記入する時間が始まった。

 教卓には、赤と、青の箱が置かれ、赤には女子。青には男子の候補者の名前を書いた紙を入れる。

 約五分後


 「じゃあ、開票しますか」


 全員の投票が済んだのを見届け、津山先生は言った

 苛立っているのか、早口だったが。


 「じゃあ、まずは男子から」


 青の箱のなかに、手が入れられた。


 「信任」


 津山先生の声に合わせて、僕はメモを開始する。最後に数を聞かれるからだ。


 「信任、信任、信任……」


 読まれ続ける間にも、僕はメモし続ける。


 「不信任」


 これには、特段驚かなかった。僕は、自分の利益のために、委員になろうとしている。だから、せめて自分の票は、自分への不信任票にしようと思ったのだ。

 他にも、浦山、乃田は、僕の意図を知っているので不信任に入れる。他にも、例年、不信任票はいくらか入る。だから、八票ぐらいは、許容範囲だ。

 ところが、


 「不信任」


 これで最後の票というところで、十二票目が入った。このクラスは、三十五人だから、特に憂うことではないが、例年通りの不信任票が入っていたとすると、だいたい四人前後が、不信任に追加で入れたことになる。

 あの星川の演説に、心が動かされたとでも言うのか。怒りや嫉妬はなく、ただ純粋な驚きだった。


 「次は、女子」


 次に、星川の開票が始まった。


 「信任、信任、信任……」


 それからずっと、信任が読まれ続けた。


 「信任、信任、不信任、不信任、以上だ」


 最終結果は、三十票の五票で、信任。

 ありえない。そう思った。

 でも、そんな感情をひた隠しにして、僕は席を立ち、星川のところへ向かった。

 「よろしく」そう言って、手を差し出す。口先だけの笑みを浮かべて。


 「うん、よろしく」


 星川は、その手を取り、握手をした。こちらも同じく、口先だけの笑みを浮かべて。

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