第3話イントロダクション

 どうしてあの女の子が? 少なくとも、えっ、という声を漏らすぐらいには、僕は驚いていた。


 「どうした?」


 浦山に、その声を聞かれたようだ。彼はその事を不審に思ったらしい。


 「大丈夫だ、なんでもない」


 僕がそう言うと、彼は頷いて、自分の会話に戻った。


 僕は座席表を確認して、彼女の名前を確認した。


 星川響。


綺麗な名前だなと思った。


 驚いたものの、いきなり話しかけるなんて芸当をするのは、浦山だけで充分。


 僕は自分の席に座って、本を取り出して読み出した。


 「あれ、浅井じゃん。今年はクラス一緒なんだ」


 不意に声が聞こえて振り向いた。


 「乃田のだか。今年はよろしく」

 「うん、よろしく」


 「葵じゃん、今年はクラス一緒か」


 こちらに気づいた浦山が、嬉々として言う


 「その呼び方、学校ではやめてよ、正之」


 そう言う乃田も、まんざらではなさそう。


 まったく……語尾にハートマーク付いてそうな会話をしやがって……。 


 乃田葵のだあおいは、一言で言えば、スクールカーストの女王様だ。小学校の頃にトップになってから、転げ落ちたことはない。


 また、浦山の彼女であり、このステータスがなければ間違いなく僕を迫害する方の人間だ。


 だからといって同じようなやつを助けようとは思わないが。


 また、教室の扉があいた。


 「あ、オバさんじゃん」


 誰かの声が聞こえる。


 そんなユニークな名前を持つ人がいるわけがない。


 入ってきたのは、井口真姫いぐちまきという女の子だ。オバさんと言われてるのは、もちろん理由がある。


 小学校の時、休み中の思い出を話す、という企画があった。彼女はその企画で、自分の思い出を、祖母と裁縫をしたこと、とした。

 すると、クラスの誰かが、嫉妬でもしたのか、こう言ったのだ。


 「ダサっ、オバさんかよ」


 この一言が浸透して、彼女のあだ名が確定した。気の毒には思う。井口さんは悪くないし、実際には、彼女はクラスに1人はいる、口数が少ない女の子に過ぎない。でも、どうしようもない。僕は限りなく無力で全ては巡り合わせだ。


 そんな彼女はクラスに入った時から、クスクス笑われている。


 面白くない顔をしているやつも何人かはいるが、そのうち二人が僕の友人なんだからなんとも言えない。


 浦山はともかく、特に乃田だ。


 彼女のグループが誰を標的にし、誰を次に狙うかという情報は、クラス内に一週間に一度くらいは流れる。


 しか、彼女自身が誰かを狙ったという話は聞かない。というか、彼女のグループの四割は穏健派だ。乃田自身もその一人で、時折噂話に流れる、彼女のグループの誰それがやれ夜遊びしてたとか、タバコを吸っていたとかいう話に頭を悩ましているというのはたまに聞く。


 それならばなぜ、クラス内のイジリとか、そういう非行をなくさないのだろうという話はよく上がるが、やはり怖いのだろう。


 自分が積極的に動けば、自分の友人たちが牙をむくことがわからないほど、彼女は愚かではない。


 やがてクラスの人口密度が高くなり、それからしばらくして、


 「おーい、席につけー」


 不意に大人と男の人の声がした。


 教室の入り口から、若い男の人が入ってきた。


 「えー、今日からこのクラスを担当する、津山です。以降よろしく」


 その先生は、津山慎太郎と書きながら言った。


 気怠げそうだなと思った。髪はボサボサだし、シャツはよれよれ。でも、この印象が間違いだと僕らが気づくのは、あまり遠くない未来でだった。


 さて、これで最初の出来事の主要な人物は出揃った。


 浦山正之、乃田葵、井口真姫、津山慎太郎、星川響そして僕、浅井祥。


 こんな僕らが織りなす、第一の事件をご覧いただきたい。まあ、君は顛末を知っているだろうけれどね。

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