第10話

 春日宮姫はデキル女だ。

 そう自分に言い聞かせて、私は平常心を保つ。

 将来の結婚相手にちょっとそっぽを向かれただけで、絶望し悲嘆に暮れるような輩ではないのである。今日だって朝六時に起床して、弥勒に怒られないよう魔法を使わずに朝ご飯を作った後、彼の布団の中に忍び込んで添い寝した。目覚めた彼とひと悶着あったけれど、それだって楽しみのひとつだ。

 何より幸せいっぱいで、毎日が楽しいのに。

「どうして、こんな仕打ちをするんだ! いや、弥勒がやったとは限らないんだけど!」

 今日になって突然、家から出られなくなったのだ。

 私が延々と、気を紛らわすためだけに一人語りをしている理由でもある。

 なんで?

 和子さんが研究していた魔法を、知らず知らずのうちに解放してしまった?

 でもあの人の研究は、人間の魂の所在を突き止めるものだったはずだ。本人に尋ねたとき、少なくとも彼女はそう語っていた。魔法使いが嘘を吐くのは珍しいことではないし、研究成果を他人に秘匿したい場合もあるだろう。だけど和子さんに限って、何か隠し立てをするようなことがあっただろうか。彼女は私を認めてくれていた。私の才能を見いだして、様々な魔法を教えてくれた人でもあるのに。

 塾を経営して地域住民とも多くの交流があった和子さんと、他人の視線を気にして光や隠ぺい術の類ばかりを勉強していた私とでは方向性もまるで違っていたのだから、果たしてどうすれば家から出られるようになるのか分からない。そもそも、どんな魔法を使えば人間を家に閉じ込めることが出来るのだろう。

 弥勒が私を邪険にしているという線も考えてみた。あり得るんだよなぁ。いずれ結婚するほど仲良くなる、もしくは私が押し切って勝つのだとしても、今はまだ親密な間柄じゃないんだし。

 けど、弥勒にロクな魔法は使えないのだ。

 うむむ、不思議である。

 考える。それでも分からないから、起きてから今までの、六時間ほどの行動を振り返ってみることにした。朝起きて、添い寝して、怒られて、一緒にご飯を食べて。

 九時ごろまで一緒にだらけていたら、彼がそろそろと家を抜け出そうとした。良妻賢母たる私の眼から逃れられるはずもなく、玄関口で彼を捕まえた。彼は苦い顔になって、まるで浮気現場を抑えられた旦那さんみたいな表情をしていた。

 一応、日付が変わるまでには帰って来ると言っていたので、まぁ、悪いこともしないだろう。そういう風に彼を出て行かせたが最後、半日もの間彼と離れ離れになってしまうことは分かっていた。でも、あんまりしつこくても嫌われるかなと思って、泣く泣く家にとどまったのである。

 よよよ、私はなんて真面目な女なのか。そのとき、どんな会話を交わしたかな。抱き付いた私を押しのけるように手を伸ばしながら、彼は迷惑そうにこう言った。

「俺が帰ってくるまで、家から出るなよ」

「ご褒美とかお土産を期待してもいいんだよね」

「どうやったらそこまで奇天烈な発想に繋がるのか、俺には疑問しか残らないんだが」

「ところで何処行くの? 私もついていきたーい!」

「ダメだ。友達に迷惑はかけたくねぇ」

 ……と、大体こんな感じの会話だった。

 これは本当に、彼が私に魔法をかけた疑惑もある。

 友達というのは、実は彼が片思いをしている女友達なのでは?

「はっ!」

 友達。

 密会。

 相手は女?

「うふふ、閃いてしまったようだな!」

 つまり彼は片想いをしているのだ! それを断ち切って恋慕を終結させれば、私の方へと自然に興味が傾いて、そのままストレートに結婚できるのでは? 勝った! 物語のフィナーレだ!

 興奮のあまりシャドーボクシングをしていると、お腹が鳴った。私と彼が結婚する未来は決まっているのだ。何も、今すぐに彼の想い人を探す必要はないだろう。

 鼻歌を歌いながら台所へ向かう。彼に振る舞えるよう、最近になってから料理の練習を始めたのだ。たった二週間しか経過していないが、彼も驚くほど私の腕の上達が早い。去年まで毎食をコンビニの弁当で済ませていたとは思えないほどのスキルフルな女子力である。和子さんから直接料理を仕込まれたと言う弥勒に舌鼓を打たせるまで、そんなに時間は掛からないだろう。

 腰にエプロンを巻きながら、幸せな未来に思いを馳せる。私に尻尾が付いていたなら、それはもう、ゴキゲンな振り方をしているに違いないのであった。

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