今日はもう飛ばなくていいな……だからといって拘束されたくはないが

「うわー! たかーい!」

「落ちちゃったら大変ですから、おとなしくしててくださいね、ネメ」

「はーい!」

 三度目の飛行にも関わらず、新鮮な反応を見せるネメ。

 まあ一度目はほぼ夜だったし、二度目はかなりの短距離だったから、空の旅をじっくり堪能できたのはこれが初めてと言えるかもしれないが。

「そういや、目的地の城まではどのくらいかかるんだ?」

「クホート城ですね。類似した地形がわたしの中のデータにもありますが、そこだと仮定すると、残り1時間くらいです」

 なるほどなー。

 ちなみに、両手に俺とネメを抱えているとは言え、コロナがちゃんと速度を出せばこんなもんでは済まない。具体的には吹き付ける強烈な風のせいでまともに会話ができないほどだ。

 それがこんなに快適な空の旅になっているのは、そこまでぶっ飛んだ速度を出せないからだ。

 何故なら、道案内のヴェイラが、コロナと同じ速度では飛べなかったからだ。


「待って! おかしい、こんなのおかしいって! なんで、そんな飛び方で、私より速いのっ!」

 息も絶え絶えで異議を唱えるヴェイラ。

「あまり無理をしない方がいいと思いますよ……?」

 心配するようにコロナは声をかけるが、まあ逆効果だ。

「うるさい! そうじゃない! なんで『火』と『土』で空飛んでんのって話よ!」

 よく分からんが、ヴェイラが言っているのは属性だか概念だかの話なんだろう。

 ちなみに、ヴェイラは風の精霊とやらを使って空気の翼を作り、空気の中を必死に羽ばたきながら飛んでいる感じだ。

 一方のコロナは、いつも通りジェット的な噴射炎で飛んでいる。

 言うならばプロペラ機とジェット機みたいなものだ。その性能差はいかんともしがたい。

「というか、まじめに、どうやって飛んでんのよ、それ」

「風の中を気流で飛ぶのは限界があるという結果が出たので、『風』の力を借りないアプローチを試したという話は聞いたことがあります」

「クソッ! そんなの絶対今の技術じゃないでしょ! さては古代文明産ね!」

「鋭いですね!」

 ……コロナは戦闘中によく煽るなあと思ってたが、半分くらい素なのかもしれない。

 まあ、よく喋って無意識に煽るくらいの方が、相手の精神をかき乱して戦闘では有利なのかもしれないが。

「ちょっと試してみますか? 今なら多少失敗してもわたしがカバーできますよ」

 すると、ヴェイラは10秒ほど黙り込む。

「……いや、いい。今やっても水切り式の連続ジャンプがせいぜいだし、速度も今より落ちる。それよりも……もっと観察させて。具体的には加速とか高速飛行とか」

 その申し出が嬉しかったのか、コロナは満面の笑みでジェットを吹かした。

「もちろんです!」

 ……コロナが楽しそうなのはいいことだが……まさか、このままそれを披露する気じゃ──

「じゃあ早速!」

 そう言うなり、コロナは体をぐっと倒して加速姿勢に入った。

 ……どうやら快適な空の旅はここまでのようだ。



「見えてきたわ」

 あれからおよそ1時間。ヴェイラのためのアクロバットじみた飛行を繰り返しながら、俺たちは目的地上空に到着した。

「あれがクホート城ですか。名称と外観は変わっていますが、500年前のデータにも存在する城ですね」

「あれ、なに?」

 ネメが指さすのは、岬に建つクホート城のその向こう。つまりは海だ。

「あの青いのは海ですよ。大陸より広くて、たくさんの塩水がある場所です」

「うみ!」

 なんともまあ微笑ましい会話だ。ほんの数分前まで絶叫マシンさながらの曲芸飛行に付き合わされてた俺には、会話に参加する気力も残ってないけどな。

 ちなみに、ヴェイラは純粋に観察に集中していて、コロナは自分の飛行を披露するのが楽しかったようで、ネメは絶叫マシンが好きなタイプの子供だった。そして俺が少々見栄を張った。それだけの話だ。

 なお、ヴェイラは、

「ごめん、観察に夢中になりすぎた」

 などとちゃんと気を遣ってくれるが、こんな自分の半分くらいの年齢の女の子に気を遣われて、弱音なんか吐けるわけがない。

「いや、大丈夫だ。慣れてるから」

 という具合に虚勢を張るしかない。本当は何も大丈夫なんかじゃないが。


 さて、到着したからには降りなきゃならないんだが……そういや何しに来たのか聞いてないな。

「勇者サマはこの城に何をしに来てるんだ?」

 すると、ヴェイラは警戒するように周囲を見回して──まあ空の上なので誰もいないんだが──そして言った。

「魔王城攻略作戦のための、協力要請」

 魔王城攻略、ねぇ。

 ……RPGで言うところのラストダンジョンのはずなんだが、ちょっと気が早くないか?

 いや、そんなことよりも。

「その作戦が俺にどう関係するんだ?」

「知らない。でも勇者様には何か考えがあるみたいよ」

 そうか。まあそれは今はいいや。

 協力要請くらいの大事な話をするんなら、その場所は城主がいる所だろう。

 そんなとこにいきなり乗り込むのは非常識もいいとこだが、馬鹿正直に門をくぐるのも面倒だ。

「よし、じゃあ直接城主のところに降りようぜ」

「わかった」

「了解です」

 こっちのメンツは鉱夫とロボと子供2人だ。多少の非常識は許されるだろう。


 城の中心部に近い適当なバルコニーを選び、コロナとヴェイラが揃って着地。俺とネメがコロナの腕から降りる。

 そして屋内へと続く扉を開け放った瞬間──

「動くな! 動けばこやつの命はない!」

 なんだ急に。


 ……初めは俺たちに向けられた言葉かと思ったが、どうも違う。

「くっ、卑怯者め! 見損なったぞ!」

「なんとでも吠えよ、負け犬め」

「……マルビナ、落ち着いて」

「し、しかし……」

 俺たちはとんでもないタイミングで入ってきてしまったらしい。


 広くて立派な雰囲気のこの部屋は、おそらく城主の間。

 ここにいるのは、勇者サマと、お供の女戦士マルビナと、もう1人のお供らしい見知らぬ女神官と、城主らしき着飾った男と、たくさんの兵士。

 そして、状況はというと、城主が女神官の首筋に剣を突きつけて、勇者一行と対峙している状態だ。

 要するに修羅場である。

 さてどうしたものか。今はまだ俺たちの存在は気付かれていないようだが……

「勇者様!?」

 俺の真横でヴェイラが叫んだ。同時に全員の注意がこちらに向く。やってくれやがったなこいつ。

 こうなるともう二択だ。戦うか、捕まるか。

 コロナとネメに「戦え」と言えば、この場の兵士程度は一瞬で制圧できる。だが……

 勇者サマと目が合う。その幼い顔は緊張した面持ちで、俺にだけ伝わるように僅かに首を振った。

 おそらく、勇者サマだってその気になれば兵士の10や20は余裕で倒せるだろう。だが、そうしていない。何か理由があるのだ。

 であれば、今ここにきたばかりの俺が場を引っ掻き回すのは得策ではない。仕方ないが、大人しく捕まるしかない。

「コロナ、金属ゴーレムのふりをしててくれ」

「……了解シマシタ」

 相変わらず飲み込みが早いな。

「ネメ、俺がいいと言うまで戦っちゃダメだ」

「うん、わかった」

 よし。これで無事に捕まれそうだな。

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