8.防衛戦で大活躍する勇者サマ御一行を裏から支えたりする話

勇者サマに手を貸すついでに伝説の聖剣も押し付けてやろっと

 氷像の錫杖の一件から数日後。

 俺たち3人は人目を気にしつつも、それなりに楽しく暮らしていた。


 まあ、不安がなかったわけではない。

 かたや対ドラゴン戦をも想定して設計された古代文明の最強兵器コロナ、かたやそのコロナと対等に渡り合える暗殺者集団アサシンギルド出身の生粋の殺戮者ネメ。

 これまでなんとかなっているとしても、何かの拍子でガチバトルが勃発したら被害が建物ひとつで収まるとは到底思えない。

 なので、何かあったら全力で王都から引き離さないとな、とか思っていたわけなんだが……。


「さあネメ、お着替えしましょうね」

「はーい!」

 戦闘のためだけに作られた戦闘特化型人型兵器ことコロナは、優しい口調と声音でネメと接し、達人級の暗殺術を身につけながら幼いままの精神を宿すネメは、おおむねコロナの言葉に従っていい子にして過ごしている。

 要するに、杞憂だった。

 何なら、見ているこっちが癒されるくらいの穏やかな日々を送っている。

 たまに起きる騒動としては、コロナの歯磨きから逃げ出したネメが、2人に分身して走り回ったり、天井に張り付いて気配を絶って隠れたりした程度だ。

 本来なら3人になれる所を2人に抑えていたり、訓練用ナイフを抜こうともしないあたり、ネメも結構自制心が働いているように見える。


(どうでもいいが、ネメを含めたこの時代の人間の歯の手入れは爪楊枝を使ったり口をゆすいだりというのがせいぜいで、500年前の古代文明では回転したり振動したりするブラシに加えて水流やら空気圧やらを使っていてかなり手が込んでいる。その古代文明式の外科手術じみた歯の手入れをコロナがいきなりやろうとしたもんだから、ネメがビビって逃げ出すのも仕方ないよなっていう話。)


「では、少しだけ散歩に行きましょうか」

「うん!」

 今は早朝。この時間なら人目も少ないしあまり問題にならないだろうということで、息抜きと気分転換を兼ねて毎日ネメを散歩させている。もちろんコロナと一緒にだ。

 どうやらこの散歩がネメは好きらしく、まだ室内なのに早速コロナと手を繋ぎ、そのまま器用に飛び跳ねている。

「では、散歩に行ってきますね、コウタロウさん」

「いってくるねー!」

 俺は手を振って2人を見送る。

 コロナとネメは手を繋いだまま部屋のドアをくぐって出て行く。

 ああ、平穏な日々だ。


「さて、もうちょっと寝るか」

 コロナとネメの散歩は大体いつも数十分かかる。

 そんでもって、今は早朝。朝の6時とかそのくらいだ。

 この世界に来てから自由気ままにやってきた俺にとっては、当然まだまだ寝ている時間。なのでこの隙にもう一回寝てやるのだ。

 ……と思っていたのだが、やたらと重厚な金属の足音が帰ってきた。コロナの足音だ。

 訓練の賜物なのかネメは一度も足音を立てたことはない。だがまあ状況的にネメも一緒に帰ってきてるはずだ。

 そして、コロナの足音から少し遅れて、もうひとつ足音が来ている。足音的には少なくとも普通の人間のようだ。

 ……何かは分からんが何かあったな。

 こうして、平穏な日々は静かに終わりを迎えた。



「コー!」

「コウタロウさん、お客様です」

 部屋に戻ってくるなり、揃って部屋の外を指差す2人。

 どれどれ、一体誰が来たんだ。

 扉から顔を突き出して見ると……深緑のトンガリ帽子と深緑のブレザーと深緑のタイトスカートを着た、見知らぬ少女が立っていた。

 ……誰だ?

「あ、ああ、あの、あなたがコータロー、さん、です、か……?」

 めちゃくちゃたどたどしい。緊張しまくってるようだ。

「ああ、俺がコウタロウだが」

「あっ、その、えっと、あの、あれ……」

 少女は目を泳がせまくっている。見た目的には10代前半の、それこそネメと同じくらいの年頃だ。ネメは特殊な環境にいたので精神が幼いような感じだが、それを差し引いてもこの少女もまだまだ子供と呼べる年齢だろう。

 まあ、そんな歳の子供なら緊張しまくって受け答えが壊滅するのも仕方ない。

「それで、俺に何の用事?」

「あ、えと、伝言が」

「誰からの?」

「うっ、そのぉ」

「?」

 誰の伝言か言えないのか? いや、廊下では言いにくいってとこか。

「続きは部屋の中で話してくれるか?」

「っはい! そうします!」


 深緑の帽子とブレザーとスカートの少女を部屋に招き入れ、ドアを閉めて、とりあえず椅子に座ってもらう。

 しかしあれだな。トンガリ帽子はともかく、ブレザーにタイトスカートだと服装的にはOLっぽいんだが、着てるのがネメと同じくらいに華奢な少女だと普通に学校の制服に見えるな。

 トンガリ帽子と合わせると魔法学校みたいな雰囲気だ。

 まあ今はそれは置いておいて。

「まずは……名前から聞こうか」

「ジェイラ。ジェイラ・ヴェルディグリ」

 少女──ジェイラはブロンドの癖毛を指に絡ませながら答える。

「ジェイラは、誰の伝言でここに?」

 すると、ジェイラは改めて周囲を見回して、コロナとネメを指差した。

「その前に、この人達は誰?」

 ……この2人に聞かれてもいいかを判断しようとしてるってとこか。

「そっちの金属のがコロナで、その横のちっさいのがネメだ。2人とも俺の仲間だ」

「コロナです」

「ネメだよ」

 2人を順番に見てから、ジェイラはもう一度俺に向き直る。

「仲間?」

「ああ。付き合いはまだ短いが、一緒に旅してる仲間だ」

「……なら、大丈夫。えっと、私は、勇者様の伝言を伝えに来たの」


 勇者からの伝言。

 やっと来たかと思う反面、本人が来ないのが気になると言えば気になる。

「で、その伝言ってのは?」

「『手を貸してください。クホート城で待っています』……です」

 ……手を貸せときたか。

 まあ、会えるのは確定したようなもんだし、伝説の聖剣も無事に渡せそうだし、別にいいか。

「よし、じゃあ行くか。コロナ、ネメ、いいよな?」

「はい!」「うん!」

「えっ?」

 何故か、ジェイラが驚いたような困惑したような声を上げる。

「なんだ、何か問題でも?」

「いや、だって、クホート城って海沿いのかなり遠いところなんだけど」

 そうなのか。まあ飛べばいいしな。

「俺たちは飛べるから、案内を頼めるか?」

「飛べるの!?」

 ……そういや、勇者サマに会ったのはまだコロナにも会ってない頃の話か。というか一般人は空を飛ぶ手段とかなさそうな感じだしな。

「ああ、コロナが飛べるから、俺とネメは担いでもらう感じ」

「あなたが飛ぶの!?」

 ジェイラのリアクションがいちいち新鮮だ。

「はい。3人くらいなら抱えて飛べますよ。ジェイラさんも一緒に飛びますか?」

「いや、わたしは自分で飛べるから!」

 ほう、ジェイラも飛べるのか。それはちょっと興味深いな。

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