犯人も見つけたし、今回はあっさり解決しそうだな
森の中の大破したゴーレム馬車と、散乱したガラクタの前で、俺たちは立ち止まっていた。
探していた『氷像の錫杖』はそこにはなく、他にめぼしい証拠もなかった。ただ、死体もなければ流血もなく、他の金目のものにも手をつけていない様子。
一つ言えることがあるとするならば、これは明らかに「杖」を狙った犯行だということだ。
コロナは口をすぼめて残念そうに呟く。
「手掛かりがなくなってしまいましたね……」
「ま、そこまで落ち込むことでもないぜ。俺たちならこの森を探し尽くすのも不可能じゃない」
「どうして、この森の中だけに限定できるんです?」
どうして、と言われても半分は勘だが──
「……わざわざこんな森の中で杖を盗むなんて、変だと思わないか? 杖が欲しいだけなら、馬車に忍び込んでもいいし、街道ど真ん中で襲いかかってもいい。展示されてから博物館を襲う手もある。だけど犯人はそうしなかった。ってことは、この場所に何かあるんじゃないか、ってな」
「そう言われてみると、痕跡を残さないように気を遣ってるようにも取れますね」
「だろ? だったら、まだこの森のどこかにいるかもしれない」
実は多少引っかかるところはないでもないが、今はいい。
「じゃあ手分けして──」
と、コロナが言いかけたところで、ネメが口を挟んだ。
「わたし、こっそりさがすの、とくいだよ?」
そういやネメは暗殺者だったな。だったら確かに、俺やコロナよりも偵察には向いてるだろう。それにスピードもあるしな。
「じゃあ、杖を持ってる怪しい奴がいないか、こっそり探してきてくれるか?」
「うん、わかった!」
そう答えるなり、ネメの周りだけ明るさが減っていくかのように暗くなっていき──あっという間に真っ黒い闇が煙のように湧き出して、ネメの全身を包み込んだ。
闇を纏っていたとは聞いていたが、確かにこれは闇を纏うとしか表現しようがない。
今や人型の真っ黒な塊に変貌を遂げたネメは、
「「「いってきまーす」」」
いつも通りの口調のまま、3人に分身して森の奥へとあっという間に消えていった。
「……ネメって分身できたのか」
「わたしと戦った時も分身してましたよ」
そうだったのかぁ。……いや、そんなさも当然のように言われてもな。
「分身って、そんな普通にできるもんなのか?」
「いえ、普通は無理ですね。2人に分身するのでも、相当の才能と修練が必要だと聞いたことがあります」
そっかぁ。…………ネメは3人に分身してたが?
俺はまたしてもとんでもない拾い物をしてしまったようだ。そんな気はしてたが。
2人で待つこと1分弱。
「「「ただいまー」」」
3方向から同時に帰ってきたネメが、纏った闇と分身を解除して元の姿に戻った。
「おかえりなさい」
「えへへー」
コロナがネメの頭を撫でながら迎える。子供心はよく分からんが、うまくやってるならそれでいいや。
「どうだ。見つかったか?」
「うん。あっちで、もじゃもじゃの大きいやつと、おとこのひとが、つえでなにかしてたよ」
「何かしてた?」
「うん。みずのうえに、つえをうかせて……なにかしてた」
「そうか。ありがとう、ネメ」
「うん!」
何か……何だろうな。魔術的な儀式か?
まあそれはいいとして。
「もじゃもじゃは魔物か?」
「その可能性が高いですね」
となると、魔物と人間が手を組んでいるか……あるいは無理やり従わされているか。
手を組んでいるのならまとめてボコボコにすればいいが、スケルトン・ドラゴンの時の死霊術師みたいに操られてる可能性もある。
「ひとまず、その人間が敵かどうかを確かめてからだな」
「どうやって確かめます?」
「直接本人に聞けばいいだろ」
「……はい?」
コロナがキュイっと首を傾げるが、別に難しい話じゃない。
「正面から行って、敵かどうか聞いて、敵じゃなかったら回収して安全地帯まで後退。敵だったらまとめて倒す。簡単な話だろ?」
馬鹿みたいな作戦だが、コロナの火力とスピードをもってすれば現実的な作戦だ。
「……いけそうですね」
「よし、決まりだな」
そうと決まれば早速作戦開始だ。
ネメの案内に従って森の中を歩くこと数分。
前方に明るくて開けた場所が見えてきた。湖だ。
「ひろいみずの、はしっこに、いたよ」
ネメの指差す方を見ると、確かに何か大きな影が見える。あれがもじゃもじゃの魔物か。
人間と杖は木々が邪魔でまだ見えないが、おそらく近くにいるのだろう。
念のため、俺も屈んで地面に耳を押し当ててみる。木の葉や草の擦れる音や、無数の小動物の物音がノイズとなって普段より精度は低いが……確かに二つ分の大きな物音と呼吸音と、話し声のようなものも聞こえる。ついでに、湖の浅瀬に足でも突っ込んでいるのかパチャパチャという水音も聞こえてきた。
「聞いた限りでも怪しいものはなさそうだ」
最後に、辺り一帯をぐるっと見回したコロナが言う。
「前方の湖内部に多少の魔力反応がありますが、それ以外の方角には、可視光、魔力ともに異常はありません」
「湖の中に魔力反応、か。一応警戒しておいた方がよさそうだな」
まあ『氷像の錫杖』って名前だし、氷のゴーレムみたいなのを大量に作って湖の中に沈めてるとかもあり得るかもな。
とはいえ、湖に何が潜んでようが作戦は変わらないが。
「大した問題はなさそうだし、このまま進むぞ」
「うん!」「はい!」
木々を抜け、湖を挟んだ向こう側に1人と1体の姿がはっきりと見えるようになった。
確かにネメの話の通り、片方はもじゃもじゃで3メートル近くありそうな巨大な二足歩行の魔物で、もう片方はどこにでもいそうなちょっと腹の出たおっさんだ。
ちなみに杖は見当たらない。今の間に湖に沈めてしまったんだろうか。
そんな魔物と人間の2人組は、俺たちに気付く様子もなく何かを話し込んでいる。奇襲をかけるなら絶好のチャンスだが、今回はそういうわけにはいかない。
俺は息をめいっぱい吸い込んで、叫んだ。
「そこの人間! 敵か、味方か!?」
瞬間、1人と1体はビクッと体を震わせて振り向いた。そして俺たちの姿を見つけると──目を見合わせた。……この反応は敵っぽいぞ。
と思っていると、質問が返ってきた。
「お前らは何者だ?」
……何と答えたものか。と悩んでいると勝手に向こうで喋り出した。
「ガキ、オトコ、ヨロイ……ユウシャ、ナノカ?」
「この馬鹿、勇者の奴はガキはガキでも男のガキだ。それにあれは鎧じゃねえ、金属ゴーレムってやつだ」
「ソウカ。ユウシャ、チガウ」
……もじゃもじゃの魔物は見るからに知能が低そうだし、こいつ単体で「森の中に馬車を誘導して襲う」なんて知恵は出てこない気がしてならない。
それに、ここまで親しげに喋っている感じを見ても、あのおっさんが魔物側なのはほぼ確実だ。
というわけで、最後通告だ。
「人間かそうじゃないかは知らないが、お前らまとめてぶちのめして、『氷像の錫杖』を取り返させてもらう。降参するなら今のうちだぜ」
すると、おっさんは唐突に不気味な笑い声を上げた。
「ゲヒッ、ゲヒヒッ。いい気になるなよ、ニンゲン。俺たち2人を同時に相手しようなんざ、馬鹿のやることだぜ!」
瞬間、ブチブチッと服が弾け飛び、腹の出たおっさんが、倍近い体格にまで膨れ上がる。
肌は青紫色になり、脂肪で柔らかそうだった体は、3メートル級の筋骨隆々の肉体になり、頭からは2本のツノがインパラのように長く伸びる。
前に見た悪魔っぽい魔物に似た雰囲気だ。
もじゃもじゃの毛むくじゃらの魔物と並ぶと、人間の倍近い体格の屈強な魔物のタッグって感じで、雰囲気は結構強そうだ。
まあ、うちのコロナには2体が20体だったとしても勝てなさそうだが。
「コロナ、やっちゃってくれ」
「了解です」
心なしか返事がつまらなさそうに聞こえたのは、俺の気のせいじゃなかったのかもしれない。
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