簡単な探し物のつもりが探偵みたいになってきた

 出かけるコロナを見送って、ネメの隣のベッドに潜り込み、惰眠を貪ること数時間。

 心地よい昼下がりの空気の中で夢と現実を行ったり来たりしていた俺を、コロナの声が叩き起こした。


『大変です、コウタロウさん!』

 普段のコロナの声とは違う、やや張り詰めた声色に、俺は反射的に飛び起きていた。

 そして声をした方を見て──思い出した。

 声が聞こえてきたのは、サイドテーブルの上に置かれたコイン型の通信装置からだ。

 普段は俺の額に貼り付けてテレパシー的に音声を伝えるための装置だが、いわゆる電話のスピーカーモードのように設定を変えることもできるらしい。そしてコロナは、通信装置をスピーカーモードにして出かけていった。

 理由はもちろん、何かが起きたときのため。

「どうした、コロナ!」

 俺はサイドテーブルに駆け寄り、通信装置に顔を寄せる。声色と声量からして緊急事態とまではいかないようにも聞こえたが、わざわざ連絡を入れてきたことには違いない。

 俺は固唾を飲み、続く言葉を待った。

『氷像の錫杖が行方不明なんです!』

 ……なにそれ。


 俺は服を着ながら通信装置に呼びかける。

「──要するに、博物館に届くはずだった500年前の魔法の杖が5日も経つのに届かない、と?」

『そうなんです! そんな貴重なものが目の前で失われるのを見過ごすなんてできません!』

 コロナの話をまとめると、言いつけ通りネメの服を買ったコロナは、その後で博物館に向かったらしい。そこでコロナは休眠していた500年間の歴史やらを学んだ後、博物館の館長からあれこれ話を聞き、そこでポロっと「目玉になりそうだった展示品がまだ届かない」という話を聞いたのだとか。

 その展示品というのが『氷像の錫杖』。

 もちろん俺は初耳だ。

「それで……その杖を探しに行きたいって話か?」

『はい! そうなんです!』

「館長に頼まれたのか?」

『いいえ、わたしが探しに行きたいだけです!』

 やれやれ。

 ……まあ、自分と同年代の遺物が気になってしまう気持ちはわからなくもないし、そんなに手間じゃなさそうなら付き合ってやってもいい。

「それで、場所の目星は付いてるのか?」

『はい! 西の森と街道が最も接近する地点で魔物か山賊の襲撃を受けた可能性が高いそうです』

 場所まで分かってるなら行ってみてもいいだろう。

「わかった。とりあえず一旦戻って来い。2人で行こう」

『了解です!』

 たまにはコロナのワガママに付き合ってやってもいいだろう。まあ、ワガママがこの程度ならかわいいもんだが。


「……さて、出かける前になんか食っておくか」

「コー、でかけるの?」

 振り返ると、ネメがベッドの上にちょこんと座っていた。今の通話で起こしてしまったか。

「悪い、起こしたか」

「ううん。もうねむくないよ」

「そうか」

 ……そういやネメはどうするか。

 危険があるなら置いていくべきだが、こちら側にコロナがいる以上、危険な目に合う確率はかなり低い。何よりネメ自身がコロナに匹敵する実力者だし、何かあっても自分の身は守れるだろう。少なくとも俺よりは。

 となると、連れて行けない理由はないな。むしろ目の届かないところに残していく方が危険かもしれない。うっかり誰かを殺しかねない、という意味で。

「これから出かけるが、ネメも付いてくるか?」

「うん!」

 満面の笑みでネメは頷いた。普通にしてればただの女の子なんだがなぁ。

「よし、それじゃあ出かける前に腹ごしらえだな」

「ごはんだー!」



 俺とネメは遅めの昼食を済ませ、帰ってきたコロナと合流し、ついでにネメを新しい服に着替えさせ、3人で王都の路地裏に出た。

「さて」

 ここなら通りとは違って、昼間でも人の目はほとんどない。つまり、ここから飛べばあまり注目されずに済むはず。

「それじゃ、飛んでいくか──」

 言いながら振り返ると、コロナとネメがいた。いや、当たり前なんだけど。

 ……これまで俺はコロナの両腕に抱えられて飛んでたわけだが、それだとネメを抱えるスペースがないような。

「なあ、コロナ。俺とネメを抱えて飛ぶってできるのか?」

「昨日2人を抱えて飛びましたよ?」

 そうだっけ? と記憶を辿ってみると、確かに昨日は2人を抱えてもらって脱出したんだった。

 まあ、スケルトン・ドラゴンの首根っこを掴んで引きずり回すほどの腕力だからな。人間が1人でも2人でも大した違いはないか。

「じゃあ、またそれで頼む」

「了解です」

 ……流石のコロナでもこれ以上は物理的に運べないだろうし、乗り心地とか安全面とか周りの目とかも考えると、いい加減どうにかしないとなぁ。

 なんてことをまたしても考えながら、腕一本だけを頼りに俺は上空をかっ飛んだ。



 コロナが速度を落とし、ホバリング体勢に移行する。

 少し身を乗り出して見ると、街道と張り出してきた森の端が並行している部分が見えた。

「『西の森と街道が最も接近する地点』だったか?」

「はい。真下に見えるのがその場所です。見た限りでは怪しそうなものはないですね」

 この高度からそれが分かるのか、すごいな。

 俺の目には街道は素麺そうめんほどの太さにしか見えないし、怪しいもクソもないのだが。

「……とりあえず降りてみないか?」

「そうですね。地上からなら違ったものが見えるかもしれません」

 俺にはまだ何も見えてないんだが。


 俺とコロナとネメの3人は、街道に降り立った。

 幸いというか何というか、今は人気が全くない。周りを気にせずじっくりやれそうだ。

「さて、と」

 街道には無数のわだちと、馬のものらしき足跡。

 それと、馬でも人でもない、やたらと大きくて四角かったり丸かったりする足跡。この形はゴーレム馬車、だろうか。

 上を見上げると、木の枝が街道にかぶさっていてもおかしくないのに、街道に沿う形に綺麗に枝が折れている。やはり高さのあるゴーレム馬車も定期的に通っていると見てよさそうだ。

 となれば、普通の馬車かゴーレム馬車かは分からないが、『氷像の錫杖』とやらを運んでいたのもおそらくは馬車だろう。

「なあ、馬車の荷物を奪うならどうやる?」

「わたしなら馬車ごと担いで行きます」

 聞く相手を間違えた。

「わたしはねー、しゃりんか、うまか、ぎょしゃをねらえって、ならったよ」

「まず動きを止めるのか、なるほどな」

 そういえばネメは暗殺者として育てられてたんだったな。となると、これは結構合理的な手法かもしれない。

 改めて辺りを見回す。

 森の反対側は灌木と草ばかりの平地で、上からも見たが、壊れた馬車なんかは見当たらなかった。

 となると、杖を運んでいた馬車は森に入っていった──あるいは森に追い込まれた、か。

「……森を探してみるぞ」

「はい!」

「はーい!」


 馬車の痕跡は、思ったよりも簡単に見つかった。

 木々の枝は一列にへし折れ、落ち葉の積もった地面は四角い足跡で点々と掘り返されている。

 間違いない。ゴーレム馬車が森の中まで入って来たのだ。

 一応周囲を警戒しながらゴーレム馬車の痕跡を辿ると……行手を遮るように立つ一本の巨木の前で、バラバラになった角材が散乱していた。

「ゴーレム馬車の残骸、だな」

 よくよく見れば、馬車のほろらしき布や、積荷のような小物や雑貨も散乱している。

「魔力反応はありませんが、念のためわたしが調べてみます」

 そう言うなり、コロナがガサガサと残骸の山に突っ込んでいく。ゴーレムの部品だった角材をひょいひょいと放り投げ(落ちた先でズシンズシンと結構な重低音が鳴り響く)、ガサガサガラガラと商品の山をひっくり返していく。

 ……この時点でもう罠の可能性はなさそうだな。

 それから数十秒ほど漁った結果、

「異常は見当たりませんが、『氷像の錫杖』もここには無いようです」

「そうか」

 そう言いながら、俺もコロナの横まで歩いていって、ガラクタと化した物品の山を眺めた。

 その爪先に、カツンと硬い感触があった。見ると銀色に光るペンダントが落ちている。そのつもりで見れば、金属製の物も結構落ちている。要するに、金目の物だ。

「これだと強盗って感じじゃないな」

「確かにそうですね」

「ちは、ないね」

「そう言われればそうだ」

 確かにネメの言う通り、死体もなければ目立った血の跡もない。

 つまり、ゴーレム馬車を襲った犯人は、金品でもなく、人殺しでもなく、『氷像の錫杖』だけを狙った……?

「なあ、コロナ。一応確認なんだが、その『氷像の錫杖』ってのは強力な武器だったりするのか?」

「いえ、むしろ武器としては大して強くなかったようです。実用的な強さがあれば博物館には来ませんから」

 ……ますます分からん。

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