7.魔王軍の陰謀を成り行きで叩き壊すことになった話

勇者は寝て待て。かわいいロボにはおつかいをさせよ。

「コウタロウさん、起きてください」

 コロナの硬くて冷たい手に、ゆさゆさと体を揺すられる。

 しかし俺には起きなければならない心当たりはない。昨日だって、報酬は貰わずじまいだったが一応働いたわけだし、今日くらい休業日ということにしても問題はないだろう。

「断る。俺は寝るんだ」

「ですが、昨日の仕事の報酬の件で」

「んあ? 貰わなくていいだろ。めんどくせえし、目を付けられるのもやだし」

 あと、金にも困ってないしな。

「いえ、そうではなくてですね……」

 ……コロナにしては妙に食い下がるな。しょうがないから起きてみるか。

 俺はしぶしぶ布団から這い出て、ベッドの縁に腰掛けた。


 ここは王都の大通りに面したとある宿屋の一室。

 俺としては安宿でも構いはしなかったのだが、その手の宿屋は大部屋か一人部屋が主で、治安もセキュリティもよろしくない。

 俺やコロナはともかく、子供のネメを連れてそんなところに泊まるのはいかがなものか、というわけで、それなりに格式高そうな宿屋で家族向けの部屋を取ったというわけだ。

 ちなみにそのネメはというと、俺の隣のベッドで小さく丸まって眠っている。まあ、20日もあんな真っ暗闇の洞窟で生活していたのだ。今は好きなだけ休ませてやりたい。

 

 俺は半分寝ぼけたままの頭で、コロナに向き直る。

「あーっと、それで、何の用だっけ?」

「城から使者の方が」

「えっ」

 城? 使者?

「なんでだ?」

「昨日の仕事の報酬の件だそうで」

「そうか」

 内心で、俺はほっと胸を撫で下ろした。少なくともお尋ね者になるとかそういうやばい話ではないらしい。

「それで、いつ来てくれって?」

 お偉方というのは向こうからやってくることはない。遣いを送ってきて、時間と場所を指定してくるのがよくあるパターンだ。

 だが、今回はそうではなかった。

「いえ、もう下まで来てます」

「えっ?」

 ……どうやら起きないとまずそうだ。


 呼ばれたものを断ってばっくれるのはアリとしても、わざわざ出向いて来た相手を追い返すのはいくらなんでも気が引ける。

 それに、報酬の話をしに来たとなれば、伝言を伝えるだけの使いっ走りとはわけが違う。社会的な地位は鉱夫なんかより断然上だ。

 そういうわけで、俺は慌てて寝癖を直し、最低限の身だしなみを整えて服を着た。

 ……まあ、着る服はいつも通りの鉱夫の服しかないんだが。



 やってきたのは、貴族っぽい格好をした役人っぽい雰囲気の男が二人。この世界の礼儀作法はさっぱりなので、そこは世間知らずな鉱夫ということで押し通し、さっさと本題に突入した。

「それで、報酬の件でありますが……」

「他の奴らの半分くらいでもいいぜ? 大した活躍もしてないしな」

「そういうわけにはまいりません」

 おや、話の風向きが変だな。

「つってもな。大百足は見つけただけだし、その奥のデカブツには結局逃げられたしな」

「そうは言いますが、他の二組の方々が揃って貴方方の功績を称えておられまして」

 なんでだよ。

「他の二組をまとめ上げ、敵の居場所を看破し、適切な作戦を立て、依頼達成のために多大な貢献をされたと」

「いやいや、いくらなんでも買いかぶりすぎだ」

「それだけではありません。他の方々が手も足も出なかったという『怪物』に、貴方方だけが応戦できたという証言もありますし、何より、最優先事項であった姫様の救出を成し遂げられたとあっては、こちらとしても相応の報酬を受け取って頂かなければ」

 ……うぅむ。

 確かに、ここまで並べ立てられると納得せざるを得ない。というか、これ以上拒否したら逆に怪しまれかねない。

 しょうがない。貰っておくか。

「分かった。そこまで言うなら貰っておこう」

「ありがとうございます!」

 なんで金払う側が感謝してんだ。

「つきましては──」

 相手が持参した木箱から、見慣れた大銀貨ではなく、金色の大きなコインを取り出した。

「……なあ、その金は初めて見るんだが」

「こちらは大金貨でございます。大金貨1枚で大銀貨10枚相当の価値がございます」

 ……その大金貨が、なんと5枚も出てきた。つまり、大銀貨50枚相当。

 前に聞いた話だと、これで鉱夫2年分の稼ぎに匹敵する。

 これを1日で稼いでしまうとはな……。

 想定外の大金だが、まあ、相手は王国だ。向こうも向こうで見栄とか外面とかあるんだろう。ここは貰っておいてやる。って、なんで貰う側の俺が偉そうなんだか。


「ところでひとつ聞きたいんだが」

 貰った大金貨をコロナに預けてしまってから、俺は切り出した。

「私共にお答えできることであれば何なりと」

 急な話に動揺した素振りもないところを見るに、大体予測済みってとこか。

 まあそれなら話が早い。

「勇者サマの居場所は把握してるのか?」

「はい。勇者様は西方の内陸部にて修行に励まれております」

 修行か。

 たしか、聖剣を抜くには能力が足りなかったという話だったし、レベ上げに勤しむのは順当だろう。

 さて、ここで居場所を聞き出して駆けつけるという選択肢はあるが……

「ちなみに勇者と連絡は取れるのか?」

「……? いえ、数日で帰って来られるとのことでしたので、特に伝令などは……」

 なるほど。どうやらこの世界には通信に相当するような魔法は存在しないか、普及していないか。まあ少なくとも使えないらしい。

 となると、まともに追いかけてもどこかですれ違いになる可能性が高い。

 というか、追いかけるのもそろそろ飽きたし、勇者サマが戻ってくるのを待つとするか。

「じゃあ、勇者サマが帰ってきたらここまで知らせに来て欲しいんだが、頼めるか?」

「承知いたしました」

 よし。これで当分あいつのことは考えなくて済むぞ。



「つーわけで今日は休みだ。俺は昼まで寝る」

 そう宣言し、俺は服を脱ぎ捨ててベッドに潜り込んだ。

 ベッドの中でもぞもぞと向きを変えると、コロナが何をするでもなく立ち尽くしているのが見えた。

 そういやスリープモード以外ではコロナは眠らないらしい。

「コロナ、今日一日は好きにしていいぞ。金も、変に注目を浴びない程度なら使っていい」

 まあ、俺に付き合わせることもないしな。

「いいんですか?」

「ああ。面倒ごとに首を突っ込まなけりゃなんでも」

 昨日、聞き込みがてら街をそれなりに見て歩いたし、街や人の様子もコロナは大体把握しただろう。

 それにこの数日で分かったが、少々血気盛んなところを除けば、コロナは俺なんかよりも良くできた人間だ。人間じゃないけど。

 なので、少々自由にさせてやっても問題はないはずだ。

「そう……ですか」

 だが、コロナは困ったように動かない。

 ……まあ、いきなり自由にしていいと言われても困るか。

「じゃあ、そうだな……ついでにおつかいを頼まれてくれるか? ネメの服──普通の子供が着るような服を何着か買ってきてくれ。その後は日没まで好きにしてていいぞ」

 途端にコロナは目を見開き、赤銅色の金属の顔に笑みを浮かべた。

「わかりました! 任せてください!」

 そう言うなり、コロナは意気揚々と出かけていった。

 ……なんか犬っぽさがあるよな、あいつ。

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