名無しの殺戮者『ネメ』
というわけで、所要時間は約5分、捕獲用のトラップが完成した。
構造としては、球状になるように床を大きくへこませた部屋と、その直下にスライム溜まり。
部屋とスライム溜まりの間を隔てる岩盤は、中身をきれいにくり抜いてギリギリまで強度を下げてある。
ちなみに、作業時間の大半はくり抜いた時の土砂を運んで捨てるための時間だったりする。コロナの手が空いてれば手伝ってもらうんだけどな。
「よし、準備完了だ。いつでもいいぜ」
『了解です。すぐにそちらに向かいますね』
コイン型通信装置に声を掛けると、コロナの声が返ってきた。ちなみにコロナにはこの装置の場所が探知できるらしく、いちいち場所を説明する必要はない。便利だ。
『10秒後に到着します。コウタロウさんは退避しててくださいね』
「ああ、わかってる」
答えながら、俺はあらかじめ掘っておいた螺旋状の通路を通って下まで降りる。
通路の出口はスライム溜まりのある大きな空洞の端。
ちょっとした体育館くらいはありそうな大空洞の隅で、手頃な岩に身を隠しながら、俺は捕獲作戦を見届けることにした。
作戦はこうだ。
まず、コロナが球状の部屋に移動し、『怪物』の少女を誘い込む。
次に、入ってきた通路を岩を動かして塞ぐ。これは俺が部屋の床を掘る時に、ついでに入口に合うように掘り出したものだ。大雑把に大きさだけ合わせたので細身な少女ならすり抜けられる隙間があるかもしれないが、問題はない。
そして、部屋の機密性を高めたところで、壊れる寸前まで薄くしておいた部屋の床を、コロナが爆発を起こして粉砕。
最後に、間髪入れずに天井目がけて爆風を放ち、跳ね返ってくる下降気流で部屋内の全てを真下──スライム溜まりに叩き落とす。
手で捕まえられない相手を、風で捉えてスライムで捕まえる。なかなかに頭脳派な作戦だ。
あとは上手くいくのを見届けるだけ、と思っていると早速コロナから通信が入った。
『到着しました。作戦を開始します』
「オーケー、やってくれ」
『了解です!』
直後、ずぅんと重い地響きが洞窟を揺らした。どうやら第二段階の通路を塞ぐ用の岩を、投げるか何かして思いっきり叩き込んだようだ。
流石は古代文明の戦闘ロボット、腕力も半端じゃない。
と、今ので第二段階が終わったということは──
俺は念のために耳を塞ぎ、衝撃を待つ。
『いきます──『ノヴァ・パルス』!』
ドゴォン、と塞いだ手もすり抜けるような轟音と共に、天井から青い光が降り注いだ。同時に、粉々に砕けた岩が降り注ぎ、コロナのいる部屋と俺のいる大空洞がひと続きになる。
……いや、爆発とは聞いてたけどやりすぎじゃないのかこれ。なるべく無傷で捕らえたいとか言ってなかったっけ?
と思って見ていると、落ちていく砕けた瓦礫を飛び石のように伝って、人影が登っていく。
……前言撤回。何故か知らんが全然ピンピンしてるな。
そしてコロナは第四段階に移る。
「これで終わりです。『
ドギャアアアアアアアア!!
ドラゴンの咆哮にすら匹敵しそうな轟音が、洞窟に鳴り響く。
蒸気を大量に含んだ超高速の空気の奔流が、半球に掘った天井で跳ね返り、すさまじい勢いのまま真下に向かって降り注ぐ。
純白の光の柱、あるいは轟々と唸る滝。
それはコロナに追いすがろうと飛び上がった少女を容赦なく飲み込み──叩き落とす。
「わあっ!?」
年相応の悲鳴を一瞬もらしたかと思うと、少女は蒸気の濁流に飲み込まれてあっという間に見えなくなった。
たっぷり10秒以上も続いた蒸気の奔流が止まると、洞窟内の湿度はとんでもないことになっていた。当然俺もべっちょべちょだ。
まあそれはいい。問題は少女がどうなったかだ。
確認するためにはこの巨大スライムの中央まで行かないといけないわけだが、突っ切っていくのは嫌なのでコロナを待つことにする。
「コウタロウさん、無事ですか?」
「ああ、問題ない。それより相手がどうなったか確認だ」
「はい」
俺を抱き上げながら、コロナはスライム中央部までゆっくりと飛行する。と、弾力のある水の中で、少女が暴れてもがいていた。
泳ぐには固く、足場にするには軟らかく、逃げようとすると重くまとわりつき、沈んで底を歩こうにも沈み切る前に窒息する。なかなかに凶悪な物体、もとい凶悪な生物だ。
ちなみにほとんど水に見えるスライムだが、同時に降ってきた瓦礫はさっさと沈ませたり外に押し出したりしはじめている。その辺の区別はつくらしい。
……さて、捕まえるには捕まえたが、これじゃ落ち着いて話もできないな。
「コロナ、こいつを捕まえてスライムの外まで出てこれるか?」
「問題ありません。ではコウタロウさんは少し待っててくださいね」
スライムの外に下ろされて待つこと数分。
獲ったどー、とでも言い出しそうなポーズで少女を担ぎ上げたコロナが、スライムをかき分けて出てきた。
普通に飛んで帰ってくるかと思ってたんだが……。
「スライムに浸かっても大丈夫なのか?」
「はい。水没も想定して作られてますから」
それならいいか。
ちなみに担がれている少女は、首根っこを完全に抑えられているせいか、諦めてされるがままになっている。
さて、せっかく無事に捕まえた以上はなるべく穏便に済ませていきたいが……。
「戦いは終わりだ。少し話をしよう。いいか?」
コロナの肩の上で、こくん、と少女の首が頷いた。
ぺたんと少女が座り、その正面に俺もあぐらをかいて座り込む。コロナは俺の斜め後ろで油断なく警戒をしている。
……それにしても細い体だ。栄養状態はそこまで悪い感じはしないし、あれだけ動ける時点でそれなりにちゃんと食わされて育ってきてはいるんだろう。とするとこの細さは成長期ゆえって感じか。
その反面、服装は粗悪なものだ。
頭からかぶって顔だけが出る、マントとローブの中間のようなものを着ているが、すり切れ、穴が空き、ほとんどちぎれかかっているような部分も多い。もちろん今回のコロナとの戦闘でボロボロになった部分も多いだろうが──いや、逆にあの爆発に巻き込まれたにしては原型を留めすぎてないか?
「そんな服がよくあの爆発に耐えられたな」
すると少女はふるふると首を振った。
「ふくじゃないよ。やみをきてたから」
……闇?
「はい、闇のようなものを纏っていたので、それを剥がすために『ノヴァ・パルス』を」
なるほど、あれはそういうわけだったのか。
つまり、闇のオーラ的なものが鎧の役目を果たしていたと。
「その闇ってのは、もう使えないのか?」
「こわれちゃったから、ねないとだめかも」
そういうもんなのか。
……というかこんな話をするために捕まえたんじゃなかったな。
「俺はコウタロウ。こっちはコロナ。君の名前は?」
すると、またしてもふるふると首を振る。
「なまえ、ないよ」
……まあ、そんな可能性もあるかもとは思ってたが。
「普段は何と呼ばれていたのですか?」
気を利かせたコロナが質問の仕方を変えてみるが、
「……さつりくしゃ」
まさか
どうしたものか。
「……そうだな。何でも好きな名前を決めていいぜ」
考え込むこと十数秒。
「……ネメ」
「ネメ、か。よし、じゃあお前の名前はネメだ」
少女──ネメはこっくりと頷いた。
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