やっぱり打開策はツルハシ

 金属同士がぶつかり合う甲高く激しい音が、断続的に響き渡る。『怪物』の神速の攻撃を、コロナの金属装甲が弾いているのだ。

 もちろん、コロナも守り一辺倒ではない。

 金属音の合間を縫うように放たれる光と音。どうやら電撃や火炎を使って迎撃を試みているようだ。だがこれも有効打にはなっていない……のか?

 ただでさえ動きが捉えられない相手なのに、明滅する光のせいでより見えなくなってて、要するに全く何も見えない。

 まあ、状況が動いてないってことはそういうことなんだろう。


 そんな状況ではあるが、やっぱり何かの拍子に俺が狙われてしまう可能性を考えると、今のうちに何か身を守る方法を考えておいた方がよさそうだ。

 本当なら穴を掘って逃げ込みたいところだが、流石にそんな音を立てれば『怪物』も黙ってないだろう。

 となると……聖剣これか。

 俺はボロ布に包んだままの伝説の聖剣を取り出した。周りが暗いせいか布越しにもほんのり青い光が漏れている。

 正直、金属製の武器らしき何かで攻撃してきているということ以外、『怪物』については何も分からない。その武器も、剣か、槍か、飛び道具か、あるいは鈍器かもしれないし、金属並みに硬い爪や牙という線も十分ある。何も分からない。

 ただ、コロナの装甲で弾けるということは、それ以上の強度のアダマンハルコン製の聖剣なら問題なく防げる。それだけは確かだ。

 とはいえ肝心の攻撃が恐ろしく速いので気休め程度でしかないが。

 ……まあこのまま狙われなかったら済む話なんだが。

 と、そんなことを思ったせいなのか。

「伏せてください!」

 いつになく緊迫したコロナの声。同時に噴射炎を光らせて超高速でカッ飛んでくるコロナの姿。

 その姿を遮るように、人影が湧いた。


 としか言えない。飛んでくるでも走ってくるでもなく、予兆も存在感もない登場。

 速度と隠密に特化しているという話だったが、もはやホラー映画の悪霊か怪物か。いや、こいつも『怪物』だけども。

 そんなことよりも身を守らないと、と思って俺は屈みながら聖剣を胸元に抱え込む。その間に、俺は違和感に気付いた。

 地面に擦るような低空で飛んでくるコロナ。それに重なるように立つ人影。

 ……頭の位置が低い。

 コロナも俺より頭ひとつ分くらい背が低いが、こいつは、もしかするとそれより……

 そんなことを考えている間に、コロナが到着し、同時に『怪物』は消え去った。


 即座に反転して攻撃に備えながら、コロナは背中越しに俺に呼びかける。

「コウタロウさん、無事ですか!」

「ああ。何もされなかった」

 そうだ。何もされなかった。そこも変だ。

 コロナが駆けつけるまでは、確かに1秒もなかった。だが、あれだけ高速で動けるなら、俺に攻撃するには十分な時間だったはずだ。試しに攻撃するくらいなら普通にできたはずだ。

 『怪物』は何者なんだ? 何を考えている?

「コロナ、あいつは人間か?」

「はい。わたしの推測では、おそらく十代前半の女性……年端もいかない女の子です」

 そう答えるコロナの金属製の横顔は、人間のような苦悩の表情を浮かべていた。

「わたしは……年端もいかない女の子が、自発的にこんなことをしているとは思いたくありません」

 コロナの気持ちは分かる。だが、それを考えるのは後だ。

 まず考えるべきは──

「コロナ、あいつは俺に攻撃しようとしてるように見えたか?」

「いいえ。少なくとも予備動作は確認できませんでした」

 と、すると、やはり。

「攻撃は無差別じゃない、か」

 そもそも、こんな状況下でも姫様は無事だ。生物を無差別に殺してるわけじゃない。

 姫様には攻撃せず、騎士たちには攻撃した。

 黒ずくめの修道女には攻撃して、コロナにも攻撃して、俺には攻撃しなかった。

 何かの基準で攻撃する相手を選んでいる、のか?

 まあ、基準はどうでもいい。大事なのは、

「……俺には攻撃してこないかもしれない」

 つっても、「かもしれない」に命を賭けるのは嫌だが。


「どうしますか、コウタロウさん」

 ……今達成すべきなのは、姫様の救出と『怪物』の無力化のふたつ。

 姫様の状態はさっきも確かめたが相変わらず安定している。ただの眠りにしては少々深すぎる気もしないではないが、まあその辺は地上に連れ戻せば医者とか回復術師とかがなんとかするだろう。なので、こちらは一旦放置とする。

 あとは、いかに『怪物』を倒すか、だ。目にも止まらぬ超スピードの相手を、出来るだけ傷つけずに捕らえられればベスト。

 んで、その方法だが……まあ、こういうのは下手にかっこつけずに聞いた方が早い。

「コロナ、俺はあいつを捕まえたい。何か案はあるか?」

「物理的な拘束が一番有効だと思います。速度は人間離れしていますが、筋力は人並みですから。ですが──」

 まあ普通に捕まえられるなら、とっくにコロナが捕まえてる。となれば、別の方法が必要か。例えば罠のような。

 非殺傷性、かつ、動きを止められる罠。……今の手札じゃ厳しそうだが、地形を利用すればいけるかもしれない。

 壁に耳を押し当てて、聖剣の柄で軽く叩く。今までよりも広く、大雑把に使えそうな地形を探すのが狙いだ。確か地底湖みたいなのがちょっと離れたところにあったはずだが……。

 ……跳ね返ってきた音を頼りに脳内で地形を再現するが、なんか様子が変だ。

 平らな地面に水が溜まっている、みたいな。しかも普通の水より硬いというか、弾力があるというか……。

「平らな地面に溜まっている弾力のある水……?」

 すると、コロナがなぞなぞでも解くかのように答えた。

「スライムですね。確かに、スライムに叩き落とすのは拘束手段としては有効です」

「えっ、でもちょっとした池くらいのサイズなんだが?」

「地下は水が蒸発しにくいですからね。スライムも大型化しやすいという話を聞いたことがあります」

 そうなのか。

 まあ、何はともあれ、これでやることは決まったな。


 壁や床をツルハシで掘り抜きながら、俺は1人で目的地へと進む。

 コロナはコロナで、1人で『怪物』の少女と戦闘中だ。

 今のところ、俺は『怪物』の少女には襲われてはいない。だが、その理屈が分からない以上、いつ襲われるようになってもおかしくはない。だから、コロナには足止めのための戦闘を頼んだ。

 そして、その間に俺が仕掛けを完成させる。コロナの見立てではこの方法で拘束できるとのことだ。

 と、考えている間に目的地にたどり着いた。

 さあて、一仕事するか。


 改めて、地面に伏せて耳を押し当てて、地形を確かめる。

 真下には、広いドーム状の空間と、その床にべちょっと広がっている巨大スライム。

 真上は、数本通路は通っているものの、ほとんど隙間なく岩で埋め尽くされた堅牢な構造になっている。これなら問題ないだろう。

 俺は完成形を頭に描きながら、周りの地形に重ね合わせていく。

 まずは床をがっつり、天井も少し窪ませる。あとは、構造的にまだ床が強いから……離れたところから入って、床の中をくり抜いて空洞にしてしまおうか。

 ただ、そこまでやるとあの超重量のコロナが立った時点で床が抜けてしまうな。

「コロナ、床下を掘り抜いて壊しやすくするつもりなんだが、飛べばなんとかなりそうか?」

 遠隔通信用に渡された例のコイン型の装置に向かって呼びかける。返事はすぐだった。

『はい。ホバリング状態なら地面にかかる圧力は約5分の1になります』

 5分の1、かぁ。……圧力的には100キロの巨漢くらいにはなる、かな。

 まあコロナはともかく、『怪物』の少女の方は俺の半分くらいの体重しかなさそうだし。自分に有利な地形だと考える可能性すらある。なんとかなるだろ。

 つーわけで、まあ適当にやっていくか。

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