無音、そして神速。現れた真の『怪物』。

 腹を見せ、時折ピクピクと脚を震わせる大百足。俺は魔物にもムカデにも詳しくはないが、少なくともこの大百足は戦闘不能になったと見ていいだろう。

 そして一行は、再び洞窟へ足を踏み入れようとしていた。

 その背中に、俺は声を投げかける。

「なあ、おかしいと思わないか?」

 全員が足を止めて振り返り、黒マントが全員を代表して答えた。

「……何がだ?」

「生き残った騎士の話じゃ、『怪物』には気配も予兆も無かったって話だぜ」

 瞬間、察しのいい半数ほどがサッと表情を変えた。

 要するに、このムカデは本当にその『怪物』なのか、という話だ。

 黒マントは半信半疑といった様子で聞き返してくる。

「じゃあ何だ。こいつより強い奴がまだ潜んでると?」

「さあな、俺は魔物とかには詳しくないしな。ただ、今見た感じだと、こいつは足音も立てるし鳴き声も出す。気配も予兆もなしってのは無理があるんじゃないか?」

 今度は全員が考え込んだ。

 確かに、重装備の騎士たちはガチャガチャうるさい音を立てるだろうし、鎧兜のせいで視野やら可動域やらが制限されているのは間違いないだろう。

 だが、だとしても日頃から戦いのために鍛えている50人の騎士たちが、歯が立たないどころか存在を感知することすらままならないような相手が、その『怪物』だ。それがこの大百足というのはやはり無理がある。

 ……と、まあそんな感じのことを黒マントも考えたんだろう。

「そう言われれば、そうだな。だが、そうなってくると別の敵がいることになるが」

 そこなんだよなー。

「そこが問題なんだが、残念ながら俺の耳でもそれらしい音は聞き取れなくてな」

 こればっかりは本当にお手上げだ。

「何も聞こえないのか?」

「ああ、姫様の寝息以外は何も」

 俺自身、自分の能力がどの程度の音まで拾えるのかはよく分かってない。

 だが、姫様──10歳前後の子供の寝息ですら聞こえるのだ。それよりでかい生き物の呼吸音が聞こえないはずはない。

 となると、『怪物』は呼吸をしてないか、人間の子供より小さいか、宙に浮かんでいるか……。

 とか考えていると、でかいマンが口を挟んできた。

「聞こえない、ということは、もういないということではないのか?」

「まあ、その可能性もあるにはあるが……油断して首をはねられるのは、俺はごめんだぜ?」

「ぬぅ……それは確かに」

「こっから先に進むなら、音以外の探知手段があった方がいいと思うけどな」

 そんな話をしていると、1人の女が歩み出てきた。

「でしたら、私にお任せを」

 修道女らしき黒いベールとローブに身を包んだ回復役ヒーラーっぽい女。黒マントのパーティーの一員だ。

「あんたは何が使えるんだ?」

 さっきから魔法っぽいのを使っているのは見ていたが、イマイチ探知に役立ちそうなイメージはなかったのだが。

「対邪悪魔術の一種、『視線探知アンチピープ』で私に向けられた視線を辿ることができます」

 なるほど。現状だと俺よりも役に立ちそうな能力だ。

「じゃあそれで行くか」

「はい。では私が先頭を歩くので、皆さんは私を守ってくださいね」

 にこやかにそう言うと、黒ずくめの修道女はスタスタと洞窟に踏み入っていった。

 ……正体不明の敵がいるってのに、すごいメンタルだな。


 各々、松明やら魔法やらで洞窟内を明るく照らし、黒修道女が先頭に立って奥へと進んでいく。ちなみにコロナは目からサーチライトみたいな光を出している。やっぱ古代の方が技術レベルは高いんだろうか。

 そんな明るい洞窟の中を、黒ずくめの修道女は静かに歩いていく。まだ敵は見つかっていない、らしい。

「そういや、『視線探知』は目のない相手には効かなかったりするのか?」

「厳密には『見ようとする意識』を探知していると言われていますね。ですので、指向性の高い感覚であれば視覚に限らないというのが今の通説です」

 ……要するに、視覚以外もある程度カバーしてるということか。

 と、話しているととんがり帽子の魔女が会話に割り込んできた。

「ほんっと、すげえんだぜ。『視線探知』使ってる間は不意打ちも狙撃も全部わかっちまうんだからな!」

 そう聞くと確かに、かなり強力な魔法かもしれない。

「そんなに強くて便利なら、『視線探知』使うやつって結構いるのか?」

「いいえ、私以外の使い手は数えるほどしか知りませんね。というのも、高度な魔法なので長期の精神修行を必要としますが、精神ばかりを鍛えているような者では狙撃や奇襲に気付けても何もできませんから」

「何もできない?」

「ま、それもそうだな。体鍛えてない一般人じゃ、狙撃よりも早くは動けねえよ」

 要するに、高レベルの回復役ヒーラーじゃないと習得できないけど、防御したり回避したりするための身体能力ステータスが備わってないと攻撃が分かっても対処できない、という話だ。

 つまり、普通の回復役が覚えたところで使いどころがない魔法なのだ。

「そんな魔法を使えるってことは、あんたは変わり者なのか?」

「いえ、私の場合は戦闘用ではなく護身用のつもりだったので──」

 瞬間、黒修道女の動きが止まった。



 その間は、まさに1秒もなかった。

「──そこです!」

 黒ずくめの修道女が指を差す。

 方向は斜め前。天井に少し凹凸があり、一部光が届かず闇が残っている。

 何が飛び出してくるのかと目を凝らした瞬間、

 それはコロナだった。

「させません!」

 凛々しい掛け声と共に、金属の拳が振り抜かれる。

 カキィン、と甲高く響く金属音。

 攻撃は、既に放たれていた。

 反応できたのは、攻撃の瞬間に視線を感知した黒修道女と、その声に誰よりも早く反応して誰よりも速く飛び出したコロナの2人だけ。

 まずい。

 これはもう手柄がどうこう言ってられなくなったぞ。



 飛び出した勢いのまま、コロナが全員の前に立ち塞がる。

 そして少し遅れて、鎖が黒ずくめの修道女に絡み付き、最後尾まで引っ張り戻した。

 黒マントの鎖も決して遅くはないんだが、この相手──『怪物』に立ち向かうには圧倒的に力量が足りない。

「コウさん、敵は前方に逃げたようです」

「はい、私も前方で視線が途切れるのを確認しました!」

 コロナの発言に、黒修道女が同意する。

 さて。

 ここで取れる行動は……

「コロナ、1人で勝てそうか?」

「未知数ですが、相手は速度と隠密性に特化しているようです。よって、私の高密度合金の装甲が突破されることはありえません。少なくとも負けはないです」

 よし、それだけ分かれば上等だ。

 俺は腰のツルハシを抜き、コロナの背後まで駆け寄り、振り返る。

「急で悪いが、共闘はここまでだ。あとはこいつ──『ドラゴン殺し』に任せてくれ」

 そして、返事を待たずに天井目がけてツルハシを振り上げた。

 バゴォンと天井が吹き飛び、崩落。大量の砂利に姿を変えた洞窟の天井が、俺たちの後ろで通路を完全に塞いだ。

「いいぜ、コロナ。もう誰もいないし誰も見てない。思う存分やってくれ」

 するとコロナはちょっとだけ振り返ったかと思うと、

「どうしてコウタロウさんはこっちに残っちゃったんですか?」

 ……確かに、一番の足手まといは俺かもしれない。

「悪い、ついうっかり」

「まあいいです。そこで大人しくしててくださいね」

 たしなめるようにそう言うと、コロナは洞窟の闇を照らしながら飛び出した。


 ……さて、言われた通り俺は壁際に張り付いておくとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る