6.地下に潜む殺戮者をスーパー鉱夫パワーで圧倒する話

もう……勇者探しはやめよう…………

 荒野を越え、畑と草地の入り混じった平地を抜けた先に、街があった。

「うわー、大きな街ですねぇ」

 コロナがのんきな歓声を上げる。その横で、俺も思わず光景に見とれていた。


 でかい。

 平地のど真ん中、崖のようにそびえ立つ石の城壁。壁の向こうから聞こえてくる都会の喧騒。

 壁の上部には見張りの兵士が練り歩き、さらにその上には翼の生えた馬が編隊を組んで空を駆ける。

 多分あれが飛空騎兵団ってやつなんだろう。下からじゃ見えないが、ペガサス的なやつの上には騎士とか魔法使いとかが乗ってんだろうな。

 そして視線を横に移すと、大規模な馬車の行列がひっきりなしに門を出入りしている。

 どこを見ても、ミミナの街の比じゃないレベルの大都市だ。

「これが王都ってやつか……」

 何なら、現代のそこら辺の地方都市よりも発展してるようにすら見える。正直、中世風の世界だからって侮ってたかもしれない。

「さあ行きましょう!」

「あ、ああ……」

 ぐいぐいとコロナに腕を引っ張られながら、俺は観察をやめてしぶしぶ歩き出した。

 このクソでかい城壁の向こうにどんな街が広がってるのか、興味がないわけじゃない。

 だが、ミミナで検問に引っかかった俺と、どうがんばっても周囲に溶け込めなさそうな全身金属のコロナ。そんなもん誰だって止めるし、俺だって止める。

 まあ、もうコロナは止まらなさそうだし、諦めて検問引っかかっていくかぁ……。


 と、思っていたのだが。

「すんなり通してくれましたね」

 いや、あれはすんなりなんてもんじゃない。

 俺が名前を言った瞬間、兵士達の目に浮かんでいたものが疑念から畏怖に一変した。例えるなら、怪しいジジイの懐から紋所が出てきたレベルの変わりようだ。

 つまり、事前に俺の名前がVIPとして伝えられていたということになる。

 そんなことをする心当たりは、一人しかいない。

勇者サマあいつかぁ……」

 すんなり王都に入れたのは、まあ、ありがたいんだが、この調子で街中に俺の名前が知られていたらと思うと引きこもりたくなる。

「コロナ、この街では俺の名前は呼ぶなよ」

「……? わかりました。じゃあ何とお呼びしますか?」

 あー……そこまで考えてなかった。

「なんか、いい感じに……」

「では、省略して『コウさん』で!」

 若干バレそうな気もしないでもないが、まあ悪くはない。というか俺がもっといい案を出せない以上しょうがない。

「それでいくか」

「はい、コウさん!」


 さて、そういうわけで情報収集開始だ。毎回忘れそうになるが、今の主目的は勇者サマを探し出して聖剣を押し付けることだ。

 んで、こういう時は下手にもったいぶらず、単刀直入に行くのがなんだかんだ早い。

「コロナ、暇そうにしてるやつがいたら教えろ」

「はい。では、あの人とかどうですか?」

 コロナが指さしたのは、雑貨屋の前で腕を組んでぼーっとしてるそこそこ小綺麗なおっさんだ。

 買い物をしてる妻とか子供とかを待ってるって感じか。ターゲットとしては申し分ない。

「なあ、そこのあんた」

「んあ、俺か? 何の用だ」

「一つ聞きたいんだが、この街に勇者サマがいるって話は本当か?」

「勇者ぁ? あー……王様が城に招いたって話は聞いたがよ、今もいるのかは知らねえなぁ」

 なるほどなるほど。初手にしてはいい情報を得られたな。


 以降、通りや店で聞き込みを続けたところ、どうやら勇者サマはこの街を頻繁に訪れているらしいことは分かった。そして、ほとんどの一般人は勇者サマを遠目からしか見たことがないようだ。

 ついでに女戦士と子供の二人組についても聞いたが、これはまあ街中でちょこちょこ目撃情報があった。のだが、大抵のやつはそれが勇者サマとそのお供だということは知らないようだ。


 というところまで分かったところで、俺はコロナを引き連れて適当な店に飛び込みワイン的な飲み物を注文して机に突っ伏した。

「あ゛ぁー、めんどくせぇ〜〜〜〜」

「急にお店に入ったと思ったら、いきなりどうしちゃったんですかコウさん」

「いや、冷静になって考えてみたら俺なんでこんなことしてんのかなってさぁ。別に俺があいつ探す義理はないし、会うためにこんな苦労する必要もないし、あいつが勇者事務所とか構えてりゃそこに凸れば済む話なのによぉ!」

 端的に言ってクソだるい。何より、「なんでこんなことしてるんだろう」って思っちゃったらモチベは終わるのだ。そして俺のモチベは終わった。聖剣も勇者も知らねえ、俺は帰るぞ!

「ご注文の葡萄酒でーす」

 あ、とりあえずこれは飲んでからにしよう。


 甘酸っぱいブドウの果汁にほんのりアルコールが香るような葡萄酒を、喉を鳴らしながら一気に流し込む。

 名前的には酒だが、正直アルコール度数はめっちゃ低い。ほぼジュースだ。まあそのジュースが美味いわけだが。

「コウさん、落ち着きましたか?」

「ああ」

 葡萄酒の冷たさと甘さで機能回復した脳で俺はもう一度考えてみる。が、結論は一緒だ。

「城に出向けない以上、ここで探したって無駄だ」

 聞いた話から考えるに、勇者サマを捕まえるとすれば王様の城が一番手っ取り早いが──

「うん? 行けばいいじゃないですか」

「一般人は城なんて行かねえ」

 勇者サマと顔見知りってだけでもまあまあ目立つのに、これで王様とまで知り合ったら俺の平穏な異世界転生ライフは即終了になってしまう。

 だから、今日のところは大人しく宿でも取って、明日からは観光でもしよう。

「コロナ、この街で見てみたいところはあるか?」

「そうですね……博物館は少し興味があります」

 よし、じゃあ明日は博物館だ。

 そう決めて、残りの葡萄酒を飲み干そうとした瞬間だった。


 パカラッ パカラッ パカラッ

 路面を走る蹄の音。

 何事かを叫ぶ男の声。

 その内容は──

「誰か、洞窟探検が得意なものはおらんかぁ!」


 ……俺の出番だな。

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