……俺の出番なくね?

 大空洞に所狭しとひしめき合うアンデッドの群れ。ざっと50体はいるだろうか。

 ゾンビ映画さながらの光景で、俺がこの中にいたらやっぱりゾンビ映画と同じ末路を辿るだろう。多少腕っぷしが強くてもこれは無理だ。

 そういう意味ではこうして飛んでいたのはラッキーだったな。

「よし、一気に殲滅してくれ」

 俺をぶら下げたままホバリングするコロナにそう言うと、なぜかコロナは渋った。

「よろしいのですか?」

「……何がだ?」

「広範囲攻撃で対処すると、死霊術師と思しき女性も巻き込んでしまうことになるかと」

 あー、確かにそれはちょっとまずい。

 他に手がなければ殺してでも止めるべきだが、今はそこまでの緊急性はない。ここのアンデッドたちも俺たちに釘付けなので地上に出て行って誰かを襲う心配もないし。

 だったら生きたまま捕らえるのがベターだろう。

「なるべく巻き込まないように……大規模な炎とか使わないような攻撃があれば一番いいんだが」

「ありますよ」

 あるんだ。

「じゃあそれで」

「了解しました! それでは、コウタロウさんは危ないので、地上で待っててくださいね」

 ブォンと高度を上げて地上に戻り、俺を下ろし、命綱を解いて、今度はコロナ単身で地下空洞に飛び込んだ。

「ちなみに、どうやって戦うつもりなんだ?」

 額の通信用金属板に聞いてみると、ちゃんと答えが返ってきた。

『炎を纏って飛びながら格闘戦に持ち込みます!』

 首を傾げつつ地下空洞を覗いてみると、コロナの説明した通りのことが起きていた。


「『バーニング・クローク』!」

 コロナが叫ぶと、体の各所から赤い炎が噴出し、金属の体をマントのように炎が包んでいく。

 その隕石さながらの格好のままコロナは低空飛行を敢行し──

 ドガガガガッ! ドガガガガガガッ!

 アンデッドの群れを切り裂くように、縦横無尽に飛び回っていく。

 軌道上のアンデッドは赤銅色の金属ボディで粉砕し、すれ違ったアンデッドは炎のマントで炎上させる。

 さっき見たレーザーとかのような一瞬で機能停止させるほどの強烈な炎ではないようだが、炎を嫌う性質でもあるのか、炎に巻かれたアンデッドたちは明らかに挙動が鈍っていく。

 その隙を逃さず、ドカーンバコーンと拳や蹴りで粉砕していく。

 これこそ無双だ。

「この程度のアンデッド、わたしの高密度合金の前では焼き菓子も同然です!」

 焼き菓子……?

 まあそれはいいとして、コロナはものの1分ほどで50体近くいたスケルトンやらゾンビやらを一掃した。

 しかし今更だが、あの長い黒髪の死霊術師らしき女は、今倒したアンデッドの中には混ざっていないようだった。


 再度コロナに連れられて、俺は地下空洞に降り立った。

 足元の状況は結局死体まみれで変わらないが、炎で消毒されてるので気分はマシだ。

「逃げられてしまいましたね……」

「気にするな。多分初めから時間稼ぎのためにアンデッドを使ったんだろ」

 言いながら、散乱した骨や焦げた肉片を足でどけていく。……やっぱ汚ねえしちょっとだけ掘るか。

「時間稼ぎですか」

「ああ、どっかに秘密の通路でもあったんだろ。それを悟られないように大量のアンデッドで引きつけたってとこだろうさ」

 そう答えて、ツルハシを手に取って振り上げた。その瞬間。

「好き勝手言ってくれるわねぇ」

 振り向くと、長髪にローブ姿の女が立っていた。

 その手には、さっき持っていたロウソクではなく、杖と呼ぶには素材の味そのまますぎる巨大な骨が握られていた。

「なんだ、てっきり逃げたのかと思ったぜ」

「逃げるわけないわよぉ。だって私は最強の死霊術師、あんたたちなんかサクッとぶち殺せる天才魔術師なんだからぁ」

 ……妙だ。

 地上にいたスケルトンも合わせると、既に200体近いアンデッドを倒してきた。

 だというのに、この死霊術師の女には焦っているような気配すらない。

 操れる死体の数=死霊術師の戦闘力、だとするならば……まだ何か隠し持っているのか。

「……コロナ、飛べるように準備しててくれ」

『了解です』

 何にせよ、飛べばひとまずは何とかなるだろう。

「でもまあ、光栄に思ってくれていいわよぉ。この奥の手を使わせたのは貴方達が始めてだからぁ」

 死霊術師の女はそう言って、2メートル近い巨大な骨を両手で高々と掲げた。

 すると、風もないのに女のローブと長髪がバサバサとはためき、謎の力になびくように持ち上がっていく。まさに大技の予兆といった感じだ。

 そして、女は声を張り上げて、呪文を唱えた。

「永き眠りから目覚め、地底から這い出でよ! 『リアニメイション』!」

 直後、ドンと足元から突き上げるような揺れ。

 震度5くらいはありそうな地震が俺たちを襲った。

 その震動は収まるどころかどんどん激しくなっていき──

「コロナ、飛べ!」

「了解です!」

 俺たちが地面を離れた数秒後。

 地下空洞の底が粉々に割れて吹き飛んだ。


 天井に開いた穴をくぐり抜け、地上に出てからさらに数十メートル上昇したところで、コロナはホバリング体勢に戻った。

「あれは、何だったんだ……?」

 地震攻撃? そんなまさか。最強の死霊術師を自称しておいて切り札が地震なわけがない。

「まだですよ」

「え?」

「地下の魔力反応、増大していきます」

 つまり……あの揺れは前触れに過ぎないのか。

「まだ何か来るのか」

「はい、おそらく。予想では巨大アンデッド──」

 言葉の続きをかき消すように、荒野に亀裂が走った。俺が開けた穴を中心に、放射状に地面が割れ──

 ズゴゴゴゴゴゴ……

 地面を割り砕き、轟音と土煙を振りまいて、巨大な何かが地面の下から現れた。

 それは俺たちよりも高く飛び上がり、威容を見せつける。

 一対の翼、長くうねった尾、大きな顎。

「あれは……」

「データ照合。スケルトン・ドラゴン骸骨屍竜です」

 アンデッドとして蘇った、骨のドラゴン。

「グゥオオオオオオン!!」

 己の復活を知らしめるかのように、骨の竜は無人の荒野に咆哮を轟かせた。


「さあ、無様に死にさらしなさい。これは正真正銘本物のドラゴンのアンデッド。賞金稼ぎだか何だか知らないけど、一瞬でひき肉にしてあげるわぁ!」

 空高く舞い上がったスケルトン・ドラゴンの方から、死霊術師の声が降り注いでくる。どうやら、背中かどっかに乗っているらしい。

 しかしまあ、なんだ。ドラゴンの骨格ってちょっと恐竜の化石っぽさがあるな。

 そこに羽が生えてるから肉食恐竜と翼竜を継ぎ合わせたようでシュールだ。首も長いから首長竜も足すか。

 っと、そんなことを考えてる場合じゃなかった。

「……どうする?」

 確かここは王都に近かったはず。王国の戦力がどれほどのものかは分からないが、このまま戦うよりは勝率が高いだろう。

 とか、考えを巡らせていたのだが。

「大丈夫ですよ。わたしに任せてください」

 コロナは何故か平然と言い放った。

 感情のシステムがぶっ壊れたかと思ったが、そうではないようだ。

「任せるって……」

「ええ、いい機会ですから」

 なんの?

「とりあえずコウタロウさんは地面に──」

「おい、後ろ!」

 コロナが地面に視線を向けた瞬間、スケルトン・ドラゴンはその場で宙返りを繰り出した。その動きに、長く伸びた尾が追従し、ムチのようにしなりながら俺とコロナに襲いかかり──

 ドガァァン!と激しい金属音がすぐそこで炸裂。ブォンと風を切る巨竜の尻尾は俺のすぐ横、数メートルの位置を通り過ぎた。

 そして、今気づいたが、今のほんのわずかな瞬間で、コロナの片脚が振り抜かれていた。

 つまり、尻尾の一撃をコロナが蹴りで迎撃した……?

「コロナ、今の……」

「ええ。ですから大丈夫なのです。お任せください」

 どうやら俺の勘違いではなく、本当にドラゴンの一撃を打ち返したようだ。

 コロナは宙に浮かぶ巨大なドラゴンのアンデッドを前にしながら、平然と俺を地面に下ろし、また空中へと飛び上がっていった。

「心配はいりませんよ。わたしがしっかり倒してきますから」

「……大丈夫なんだな?」

 コロナはニッコリと笑って頷いた。

「はい。わたしはをも想定して作られた、戦闘特化型メタルアンドロイドですから」

 ……ちょっとそれは初耳だな。

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