スケルトンに恨みはないけど選択肢が過剰火力しかない
ミミナの街から真北に飛ぶこと数十分。
森と湿地と小さな山々を飛び越えた先には、唐突に白っぽい土地が広がっていた。
『これが目的地の荒野ですね! わたしの記憶では、ここには農地が広がっていたはずですが……500年で植生も変わってしまったんでしょうか』
コロナの声が、口からではなく、俺のおでこに貼りついた10円玉くらいの謎の円盤から響いてくる。
骨伝導イヤホン的なものなのか、あるいはテレパシーとかの一種なのか。ともかくこれのおかげで、暴力的な風の流れの中でもコロナの声は俺に届くようになっていた。若干音質は悪いような気もするが。
ちなみにこの円盤、俺の声を拾ってコロナに届ける機能も付いている、らしいのだが、
「高度、下げて、地上を、偵察!」
『すみません。よく聞き取れませんでした』
こちら側は何故だか実際に聞こえる音しか拾ってくれない。なので、俺が話しかける時は、コロナのエンジンっぽい爆音と荒れ狂う気流による轟音の二重奏に打ち勝たなければならない。
「そ・く・ど!! お・と・せ!!!」
『あっ、聞こえました。次もこのくらいの音量がいいですね』
ハイテクロボットのくせに、とんだポンコツだ。
「さて、アンデッドがいるという話だったが……」
『うーん、この高さからは何もいないように見えますね』
現在、速度を落としてホバリングしながら、上空から地面を偵察中。
なのだが、コロナの言う通り、アンデッドらしきものが歩き回っているようには見えない。
「アンデッドって……寝たりするんだろうか」
『睡眠は必要ないと思いますけど、物陰に隠れる種類もあるらしいですよ』
物陰と言ってもな。岩が転がってる以外には何もないんだが。
「そういや実物見たことないんだが、アンデッドって死体が動き出したものっていう認識であってるか?」
『そうですね、人間の死体が魔法的な作用で動くようになったものが大多数と言われてます。白骨死体のがスケルトン、肉が残っているのがゾンビと呼び分けられてるようです』
「ふーん、ゾンビとスケルトンねぇ……」
……そういやここの地面って白いよな。白い地面に白骨死体のスケルトンって、見えづらくないか?
「やっぱもうちょっと高度を……」
そう言いかけた瞬間、コロナがぴたりと移動をやめた。
斜め左下を見ているその視線を追うと──
「あれは……人と、馬車か?」
『そのようです。街道から少し逸れてこの荒野に入ってきたみたいですね。それと、その手前側に』
言われて目を凝らすと、確かに地面を複数の黒い何かが動いている。いや、あれは影か。
太陽は真上に近いが、斜め方向からなら地面に映る影が見えるというわけだ。
やはりスケルトンか。
『……どうしますか?』
「見殺しにするわけにはいかない。助けるぞ」
『はいっ!』
迫ってくるスケルトンの群れに気付いたのか、馬車のそばにいた人間は慌てて馬車に飛びついた。
急いで馬車を走らせようとするが、地面の状態が悪いのかなかなか速度が出ない。
その間にも、十数体のスケルトンはエサに群がるアリのように馬車に駆け寄っていく。
そんなスケルトンたちの頭の上を、コロナは猛スピードで飛び越し、ギュオオッとクイックターンを決めてスケルトンたちに向き直る。
そして、コロナは片手を突き出して五本の指をピシッと揃えた。
……あれ、いつのまにか片腕で支えられてるな、俺。
「そこのアンデッド、今すぐ止まりなさい!」
コロナの声を受けたスケルトンはというと、当然のようにスルーして走り続けている。まあ見る限り、白骨死体のスケルトンには耳も脳もないんだが。
「やはり聞く耳を持ちませんか。では、破壊しますっ! 『
瞬間、五本の指の先端から真紅の光線がほとばしり──ボシュッという音を立て、スケルトンの頭や背骨に風穴が空いた。
直後、極細の光線で射抜かれたスケルトン5体は、糸が切れたかのように崩れ落ち、沈黙。
残るスケルトンたちは、倒れた仲間のことなど気にも留めずに、なおも馬車の方へと駆けていく。
が、コロナには焦った様子すらない。
「連射ができないとでも思いました?」
軽口を叩きながら、指先から再度光線を照射。さらに5体が地面に崩れ落ちた。
残りは2体。
「これで、終わりです」
3度目の光線は残る2体のスケルトンの全身に所狭しと突き刺さり、木っ端微塵に吹き飛ばした。
圧巻だ。
……いやまあ俺だって、頑張ればあの程度のスケルトンは倒せそうだけど、今のコロナのはもう戦いというか、庭の雑草を抜くレベルの雑用気分だ。
「強いな……」
思わず呟くと、コロナは金属の顔で誇らしげに微笑んだ。
「はい、戦闘特化型メタルアンドロイドですから。このくらいは余裕ですよ」
そんなことを話していると、今度は下の方から声が聞こえてきた。
「どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます!」
今助けた馬車の人間だ。
恩を売っておいてもいいかもしれないが、今は他にやるべきことができてしまった。
「この辺にはアンデッドが出る。さっさと離れたほうがいいぜ」
「は、はい! すぐに出発します!」
カラカラと遠ざかる馬車を見送って、俺たちは地上に降りる。
「さて、コロナ」
「はい」
「ここのアンデッドを放っておいたらどうなると思う?」
「またさっきみたいに襲われる人が出てしまいますね」
「だよな」
別に俺はボランティアだの人助けだのが好きなわけではない。だが、人命が関わってくるとなれば無視もできない。
「しょうがない。サクッと退治していくか」
「了解です!」
『こちらコロナ、準備完了です!』
額に張り付いたコイン風の円盤を介してコロナの声が聞こえてくる。どうやら本来はこういう遠隔通信用の機能らしい。
ちなみに現在コロナは荒野の中央あたりの上空にいて、俺はさっきと同じ街道に近い荒野の端だ。
「了解。10秒後に頼む」
そう返事を返して、荒野の地面に手をつき、耳を地面に押し当てた。いつものやつだ。
普段は岩なんかの硬いものを使うんだが、この辺りはほとんど生き物がいなくて雑音がかなり少ない。なのでそのまま土にそのまま耳を当てている。
実際、今この瞬間もほとんど音が入ってこない。
『5秒前……』
そうこうしているうちに、コロナがカウントを進めていく。
同時に、俺も耳を地面から離した。
『3、2……発動、『ノヴァ・パルス』!』
瞬間、空の一点が光を増し、目が眩むほどの青い閃光が爆発した。わずかに遅れてドォンと轟く重低音。
確かに事前に説明された通りだが、ほぼほぼ爆弾じゃねえかこんなの。
「っと、俺は俺の仕事をしないとな」
気持ちを切り替えて、俺は再度地面に耳を押し付ける。
すると、数秒前まではほとんど何の音もしなかったはずの地面から、カサカサ、カラコロ、というような音が伝わってくる。作戦は大体成功と言っていいだろう。
コロナが上空で広範囲攻撃をぶっ放して、荒野全体のスケルトンの注意を引き、ついでにその足音を俺が聞き取るという作戦だ。
作戦の狙いは二つ。スケルトンをおびき寄せてコロナの火力で一掃するため、そして、移動時の足音からスケルトンの数と分布を把握するためだ。
そういうわけで、俺は耳に意識を集中させる。
広範囲に散らばっている骨の足音は、ざっと数えて百体は超えるだろう。
分布の仕方は、何かの意図をもって並べられたような不自然さはないが……どうやらある一点に向かうにつれて密度が上がっていくようだ。
つまり、そこが発生源だ。
「こちらコウタロウ。発生源らしきポイントを確認した。もう殲滅していいぞ」
『了解です! 派手にやっちゃいますね!』
妙にコロナの声が生き生きしてるが、一体何をする気なんだか。
「……俺は巻き込むなよ?」
『大丈夫ですって。そのくらいは分かってますから!』
直後、通信が途絶えたかと思うと、コロナの肉声が遠くから聞こえてきたような気がした。
――ナパーム・バースト! フレア・ストーム! メルターレーザー!!
ドドドドォン! ズゴゴゴゴ! ギュイイイイイン!!
必殺技っぽい叫び声と共に、火柱と地響きと閃光を振りまいて、赤銅色の人影が空を縦横無尽に駆け巡る。その下の地面は、可燃物などほとんどなかったはずなのに、大火事のように燃え盛っている。
「……まあ、これでスケルトンは一掃できたし、人的被害もないし。別にいいか」
人生、時には開き直ることも大切だ。
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